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第3話
「こうなったのは、高三の頃に受験や人間関係でストレスが溜まってたことがきっかけなんだ。それまでは俺も人並みに……というか、今の綾瀬の部屋以上に物を所有していたよ」
「え、俺ん家より?」
それって結構すごいことだ。
俺は片付けられない上に物をため込む癖があるので、部屋は大量の物で溢れかえっている。
「嫌気がさして、まずは本棚に入ってた本を全部捨てて中身を空にしたんだ。そうしたらすごく気分が良くて。物を捨てる度に、頭がぱぁっと冴え渡って行ったんだ。ゴミ袋に物を入れるのが止まらなくて、気付いたら部屋には何も残ってなくて親には怒られたよ。でもそれからなんだ。度々、物を捨てたくなる衝動に駆られるのは」
慶吾は俺の後ろにあるベッドを指差す。
「一回、それも捨てちゃって。そこにあるのは最近買い直したんだ。床で寝てても良かったんだけど、さすがに腰と足が痛くなっちゃって」
「ベッド捨てるって、なかなかの強者だな」
「俺のすぐ隣で、形ある物が場所を取っているのが怖いんだ。あの時の上手くいっていなかった自分を思い出したくなくて、すぐに物を突き放したくなって」
ダイエットに成功した人がリバウンドを気にして『これを食べたら太ってしまう』と強迫観念に囚われているような考え方と一緒か。
「なるべく、この部屋を見せたくなかったんだ。けどもうしょうがない。綾瀬と友達でいれて、楽しかったよ」
「ちょっと待てよ! 慶吾、俺がこの程度でお前と友達やめるだなんて思ってんの?」
「だって俺、こんなのだよ? 気付いてるかもしれないけど、俺、いま流行りの物とか何も知らないし。俺と一緒にいても話合わないし、楽しめないでしょ」
「た、楽しいよ!」
俺は膝立ちになって、慶吾の肩を両手で持った。
「確かに、慶吾はちょっと変わってるかもしれないけど、でも誰にも迷惑かけてないじゃん。俺は感謝してるよ。あの時慶吾が俺を助けてくれて、本当に嬉しかった。あの日から俺、ずっとお前が好きだったんだから……あ」
さらっと告白をしてしまったが、慶吾は何も言わずに目を見開いたままだったのでそのまま続けた。
「それは横に置いておいて、慶吾がミニマリストなくらいで引いたり、友達やめる訳ないだろ!」
そう言うと、慶吾の両手が背中に回されて、俺の顔が慶吾の胸に埋まった。
何もない部屋だからか、ドキドキと心臓の音がより際立って聞こえる。
「好き? 綾瀬、俺のことが好きなの?」
「……」
そこはサラッと聞き流してほしかったのに、そうやって突っ込まれてしまうと逃げ場がない。
俺は観念して目を閉じ、慶吾の胸板にずりずりと額を擦り付けた。
「好き、だよ。だから何度も連絡したり、一緒に飯食ったり、部屋に来たいって言ったんだよ。悪かったな」
投げやりに言うと、慶吾の手にますます力が籠った。
「俺も、好きだよ。綾瀬のこと」
はっとして、慶吾の体を押して顔を上げた。
恥ずかしいのか、目を合わせようとしない。
「実はずっと前から綾瀬のこと、電車の中で気になってて、遠くから見てた。だからあの日、痴漢されてることに気付いたんだ。ごめん、もう少し早く助けてあげたかったのに、なかなか勇気が出なくて声を掛けるタイミングが遅くて」
「そう、だったの?」
慶吾は勇気を振り絞って、俺を助けてくれたの?
それだけで感動して、じんわり胸が暖かくなった。
「付き合わない? こんな俺で良ければ」
「えっ」
鷹揚に微笑まれ、今日何度目かの「えっ」を口にした俺は、夢じゃないかと自分の頬をつねってみた。
とても痛かったので夢じゃないことを確信し、ゆっくりと頷いて慶吾とそっと触れるだけのキスをした。
「あの、慶吾。付き合うなら、さ」
「何?」
「LINEのアプリ、入れて」
「……」
「いや、やっぱいいや」
ゆっくり、歩を進めていこう。
もう一度キスをすると、アパートのすぐ横に生えている樫の木の葉がザザァと揺れた。
あと、カーテンもつけて、という言葉は呑み込んでおいた。
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