2 / 9

第2話

2 受難 「ねえ、先生、やらせて?」 大型犬のような懐っこい微笑みを浮かべて、俺を覗き込んでくる。この生徒の名前は白木智紀、現在高校生三年生。受験生のはずだ。 思わず持っていたペンを落としてしまった俺に、ちょっと照れくさそうに笑った。 「あ、動揺してるでしょ」 「…し、してない…」 慌てて、手の中からこぼれ落ち、机を転がっていったペンを追いかける。 先にペンを拾った白木が「はい」と渡してきた。 それを無言で受け取ると、日報を書く振りをした。 だが、日報に字が書き込まれていないことは、俺の机に肘をついて覗き込んでいる白木には隠しようもない。 「い、いきなり何を言いだすんだ」 「いきなりじゃないですよ。僕、この間言いましたよね?」 俺は思わず、あの思い出したくもない日を思い出し、頭を抱えた。 一週間ほど前、白木は俺に相談にやってきた。 気になる奴がいて、それが男で、結果それは俺だったわけだが。 俺はその日知恵熱が出るほど、思考がぐるぐる回った。 ぐるぐる回った挙句、結局、俺も同じだと行き着いた。 無理矢理、保健室から追い出したので、こないかもしれないと心配していたが、翌日にも平然と現れ、それ以降、1日に一回は現れ俺を好きだと宣う。 そんな調子にも関わらず、俺はまだこの白木の言う言葉に免疫がつかない。 狼狽え、動揺し、赤面する。 その度、高校生風情に「可愛い」とからかわれる毎日だ。 この俺が、そんな毎日を甘んじていることだけでも、奇跡的だし精一杯なのだが、この図体のでかい子供はさらに、さらに要求するのか。 「ほ、保留だ、と言った」 「いつまでですか」 ぶすくれながらも、強い視線に内心怯みながら虚勢をはる。 俺はやばいんだよ。 その眼には弱いんだ。 だから、俺を見るな。 白木から顔を隠すように背ける。 「…や…やけに強気だな…」 この間はあんなにもじもじ、ぐじぐじしてたくせに。 「だって!なんだかはぐらかされそうな気がしてきたんです」 ぎくっ。 ばれた。 あわよくばこのぬるーい空気感のまま、ずっと過ごせたらいいがと思っていた。 俺が逆の立場なら、間違いなく、切れてるが。 放課後、白木が現れ、診察用の椅子に座り、俺の仕事を眺めながらぐだぐだくっだらない話をして、俺が帰るのと一緒に保健室を出て行く。 それだけの毎日。 だがただそれだけが、形容しがたい心地よさ、居心地の良さを起こすのだ。 非常に重要なことだと、この俺に思わせる。 もし白黒はっきりさせてしまえば、それがなくなってしまう。そういう危機感がお前にはないのか。 「…せ、成人したら」 「何年あると思ってるんですか」 だから高校生ごときが俺の言葉を遮るんじゃない。 「二年、だろ」 「二年もです」 「………」 「………」 俺が睨みつけると、生意気にも睨みつけてくる。 「僕を子供扱いしないでください」 「…事実まだ、子供だ…」 「でも男です」 白木が思わず立ち上がる。 その反動で椅子がからから音を立てた。 妙に気を引く音だった。 「…でも、子供だ…」 そうだ、お前はまだ子供だ。 これから大人になって、経験を積んで、そうすれば今のその感情が一過性のものだったと気付くだろう。 その時にこのままぬるい空気感で過ごすか、踏み込むかで、傷跡が違ってくる。 深く癒えない傷跡になるか、浅いすぐに消えてしまう傷跡になるか。 選ぶのは白木だ。 だが導くのは、大人である俺なんだ。 「…話にならない…」 白木が眉を寄せ、吐き捨てるように言う。 「同感だな」 俺も俯く。 導かなくてはならない立場の俺が、導けずにいてどうする。 突っぱねれば最も簡単に解決する。 断れば解決するのだ。 そうすれば白木は二度と保健室に現れることもなくなる。 白木は道を踏み外さなくて済む。 深い傷も残らない。 分かりきった選択を、俺はしない。 出来ない。 「寺崎先生」 白木に呼ばれて、反射的に振り向いた。 途端、白木の顔が目前にあって、口が塞がった。 キ、キスをされている⁈ 思わず立ち上がって、逃げる。 口元を隠して、白木を睨みつける。 迫力に欠けることは自覚している。 おそらく顔が赤いに違いない。 火を噴きそうだ。 白木はペロリと唇を舐める。 背筋がぞくっとした。 悪寒とは少し違うが、よくわからない。 急に雄の顔をした白木から本能的に逃げようとしていた。 だが伸びてきた長い腕に、捕まってしまった。 そのまま両腕の中に閉じ込められて、また唇を重ねられる。 「っ」 なんとか押しのけようと試みるが、白木が動かない。 くそっ、腕力で勝てないとは。屈辱だ。 子供のくせに。 重ねるだけの唇が不意に動き、あろうことか舌が侵入してきた。 俺の頭がパニックを起こしている。 酸欠になりそうなほど、舌が動き回って呼吸を乱す。 やめさせたいのに、腕に力が入らない。 ふいに離れた白木が「あ」と声を出した。 とくかく酸素を求めて息をしながら、白木の視線を追う。 「…あ…」 視線を追ってすぐ、くっついたままの下半身に違和感を感じた。 「…勃っちゃった…」 勃っちゃったじゃない! ってか、言葉にして言うな、愚か者! 恥ずかしさが倍増するじゃないか! くそお、さらに顔が熱くなる。 ついでに別のところも熱くなりそうがして、頭を振った。 「先生、やっぱ、やらせて?」 だ~か~ら~、なんっで、そんな即物的なんだ、お前は! あ、そうだ。 「ぎゃ、逆なら…」 「そんなの無理」 「…は?…」 なんで無理なんだ、お、お前が望むなら、この俺が、だ、抱いてやってもいいんだぞ。 「だって、僕が先生を抱きたいんです」 「……」 「それに先生って絶対抱かれる方ですよ、ネコって言うんでしたっけ?」 「…なんだ、それは…」 「あれ、知らない?」 おかしいなあ、と白木は呟いている。 その隙に、白木の腕から逃げ出すことに成功した俺は、とにかく落ち着くためにも椅子に腰掛けた。 落ち着け、落ち着くんだ。 俺の優秀な脳で解決できない事象はない、はずだ。 すると追いかけてきた白木が、隣の椅子に座る。 「ね、先生、これ、どうするの」 白木に指差されるままに見て、後悔した。 明らかに盛り上がる腰のあたり。 見せるな、そんなの。 体温が上がってきた気がする。 「先生、手を出してください」 「は?手?」 何を言いだすんだと手を出したら、そのまま掴まれて、白木の股間に入れられた。 「ななななな…」 何を触らせるんだぁ! 「や、やめ」 「先生っ」 そ、そんな顔するな! うわっ、動かすな、バカ。 熱いっ。 人のモノってこんなに熱いのか。 いやいや、そうじゃなくて。 手を引きたいのに、白木にがっしりと掴まれている。 そっちに集中していたせいで、また唇を塞がれた。 舌も入り込んでくる。 うわ、やめろ。 舌がぞろりと歯茎を舐め、俺の舌に絡められる。 やば、い。 白木の手が俺の下半身に触れてきて、咄嗟に空いてる手で抑えた。 「先生も、ですね」 だから、言うなって。 「はな、せ」 「どっちを?」 「どっち、も…」 わわ、動かすな、バカ、やめっ。 「ほら、先生。聞こえるでしょう」 うるさい、言われなくても聞こえてる。 俺のだか、お前のだか、わからんが。 濡れた、粘着質な音。 この音は、やばい。 「…っく、う」 自分のものとは思えない声が出てしまって、慌てて口を抑える。 「先生」 白木の顔がすぐ近くにあって、唇が濡れている。 それが俺の唾液なのか、白木の唾液なのか。きっと俺も同じなんだろう、と思うと恥ずかしさが全身を這い回る。同時に、感覚が鋭くなってしまった。 白木の手の動きがやけにはっきりして、同時に手の中の白木が熱くて、ぬるぬるして。 白木の手に頬を撫でられ、つられるように白木の目を覗き込んだ。 熱っぽい、じっと見つめてくる潤んだ瞳。 いつの間にかまた舌を絡められていたが、その感覚に捕らえられ、まともな思考が出来ない。 手の中の熱と、与えられる刺激が、俺の思考を止め、感覚を追わせる。 いつに間にか白木の手が俺の手を開放していたが、俺はもう、その熱を手放せなくなっていた。 侵入物の舌を追いかけ、与えられる刺激を追うように手を動かす。 口移しに熱い吐息を吹き込まれ、頭の奥がジンと痺れてきた。 「せ、先生」 「しら、き、んう、く、でる」 「ん、僕も」 白木が手の中で弾け、おれも同時に白木の手の中へ。 頭が真っ白になって、射精の余韻にクラクラしてくる。 一人でするよりも数倍は、くる。 「先生、ティッシュどこですか」 そう声をかけられ、途端に我に返った。 な、何をしたんだ、俺は。 何を、された。 急に気恥ずかしさがこみ上げ、ティッシュを探して離れようとした白木を、力付くで引き寄せその胸に顔を埋めた。 やばい、俺を見るな。 「寺崎先生?」 「見るな」 声もかけるな、とりあえず今は。 やばい、やばい、やばい、やばい。 これは本当にまずい展開になってきた。

ともだちにシェアしよう!