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第2話
2 受難
「ねえ、先生、やらせて?」
大型犬のような懐っこい微笑みを浮かべて、俺を覗き込んでくる。この生徒の名前は白木智紀、現在高校生三年生。受験生のはずだ。
思わず持っていたペンを落としてしまった俺に、ちょっと照れくさそうに笑った。
「あ、動揺してるでしょ」
「…し、してない…」
慌てて、手の中からこぼれ落ち、机を転がっていったペンを追いかける。
先にペンを拾った白木が「はい」と渡してきた。
それを無言で受け取ると、日報を書く振りをした。
だが、日報に字が書き込まれていないことは、俺の机に肘をついて覗き込んでいる白木には隠しようもない。
「い、いきなり何を言いだすんだ」
「いきなりじゃないですよ。僕、この間言いましたよね?」
俺は思わず、あの思い出したくもない日を思い出し、頭を抱えた。
一週間ほど前、白木は俺に相談にやってきた。
気になる奴がいて、それが男で、結果それは俺だったわけだが。
俺はその日知恵熱が出るほど、思考がぐるぐる回った。
ぐるぐる回った挙句、結局、俺も同じだと行き着いた。
無理矢理、保健室から追い出したので、こないかもしれないと心配していたが、翌日にも平然と現れ、それ以降、1日に一回は現れ俺を好きだと宣う。
そんな調子にも関わらず、俺はまだこの白木の言う言葉に免疫がつかない。
狼狽え、動揺し、赤面する。
その度、高校生風情に「可愛い」とからかわれる毎日だ。
この俺が、そんな毎日を甘んじていることだけでも、奇跡的だし精一杯なのだが、この図体のでかい子供はさらに、さらに要求するのか。
「ほ、保留だ、と言った」
「いつまでですか」
ぶすくれながらも、強い視線に内心怯みながら虚勢をはる。
俺はやばいんだよ。
その眼には弱いんだ。
だから、俺を見るな。
白木から顔を隠すように背ける。
「…や…やけに強気だな…」
この間はあんなにもじもじ、ぐじぐじしてたくせに。
「だって!なんだかはぐらかされそうな気がしてきたんです」
ぎくっ。
ばれた。
あわよくばこのぬるーい空気感のまま、ずっと過ごせたらいいがと思っていた。
俺が逆の立場なら、間違いなく、切れてるが。
放課後、白木が現れ、診察用の椅子に座り、俺の仕事を眺めながらぐだぐだくっだらない話をして、俺が帰るのと一緒に保健室を出て行く。
それだけの毎日。
だがただそれだけが、形容しがたい心地よさ、居心地の良さを起こすのだ。
非常に重要なことだと、この俺に思わせる。
もし白黒はっきりさせてしまえば、それがなくなってしまう。そういう危機感がお前にはないのか。
「…せ、成人したら」
「何年あると思ってるんですか」
だから高校生ごときが俺の言葉を遮るんじゃない。
「二年、だろ」
「二年もです」
「………」
「………」
俺が睨みつけると、生意気にも睨みつけてくる。
「僕を子供扱いしないでください」
「…事実まだ、子供だ…」
「でも男です」
白木が思わず立ち上がる。
その反動で椅子がからから音を立てた。
妙に気を引く音だった。
「…でも、子供だ…」
そうだ、お前はまだ子供だ。
これから大人になって、経験を積んで、そうすれば今のその感情が一過性のものだったと気付くだろう。
その時にこのままぬるい空気感で過ごすか、踏み込むかで、傷跡が違ってくる。
深く癒えない傷跡になるか、浅いすぐに消えてしまう傷跡になるか。
選ぶのは白木だ。
だが導くのは、大人である俺なんだ。
「…話にならない…」
白木が眉を寄せ、吐き捨てるように言う。
「同感だな」
俺も俯く。
導かなくてはならない立場の俺が、導けずにいてどうする。
突っぱねれば最も簡単に解決する。
断れば解決するのだ。
そうすれば白木は二度と保健室に現れることもなくなる。
白木は道を踏み外さなくて済む。
深い傷も残らない。
分かりきった選択を、俺はしない。
出来ない。
「寺崎先生」
白木に呼ばれて、反射的に振り向いた。
途端、白木の顔が目前にあって、口が塞がった。
キ、キスをされている⁈
思わず立ち上がって、逃げる。
口元を隠して、白木を睨みつける。
迫力に欠けることは自覚している。
おそらく顔が赤いに違いない。
火を噴きそうだ。
白木はペロリと唇を舐める。
背筋がぞくっとした。
悪寒とは少し違うが、よくわからない。
急に雄の顔をした白木から本能的に逃げようとしていた。
だが伸びてきた長い腕に、捕まってしまった。
そのまま両腕の中に閉じ込められて、また唇を重ねられる。
「っ」
なんとか押しのけようと試みるが、白木が動かない。
くそっ、腕力で勝てないとは。屈辱だ。
子供のくせに。
重ねるだけの唇が不意に動き、あろうことか舌が侵入してきた。
俺の頭がパニックを起こしている。
酸欠になりそうなほど、舌が動き回って呼吸を乱す。
やめさせたいのに、腕に力が入らない。
ふいに離れた白木が「あ」と声を出した。
とくかく酸素を求めて息をしながら、白木の視線を追う。
「…あ…」
視線を追ってすぐ、くっついたままの下半身に違和感を感じた。
「…勃っちゃった…」
勃っちゃったじゃない!
ってか、言葉にして言うな、愚か者!
恥ずかしさが倍増するじゃないか!
くそお、さらに顔が熱くなる。
ついでに別のところも熱くなりそうがして、頭を振った。
「先生、やっぱ、やらせて?」
だ~か~ら~、なんっで、そんな即物的なんだ、お前は!
あ、そうだ。
「ぎゃ、逆なら…」
「そんなの無理」
「…は?…」
なんで無理なんだ、お、お前が望むなら、この俺が、だ、抱いてやってもいいんだぞ。
「だって、僕が先生を抱きたいんです」
「……」
「それに先生って絶対抱かれる方ですよ、ネコって言うんでしたっけ?」
「…なんだ、それは…」
「あれ、知らない?」
おかしいなあ、と白木は呟いている。
その隙に、白木の腕から逃げ出すことに成功した俺は、とにかく落ち着くためにも椅子に腰掛けた。
落ち着け、落ち着くんだ。
俺の優秀な脳で解決できない事象はない、はずだ。
すると追いかけてきた白木が、隣の椅子に座る。
「ね、先生、これ、どうするの」
白木に指差されるままに見て、後悔した。
明らかに盛り上がる腰のあたり。
見せるな、そんなの。
体温が上がってきた気がする。
「先生、手を出してください」
「は?手?」
何を言いだすんだと手を出したら、そのまま掴まれて、白木の股間に入れられた。
「ななななな…」
何を触らせるんだぁ!
「や、やめ」
「先生っ」
そ、そんな顔するな!
うわっ、動かすな、バカ。
熱いっ。
人のモノってこんなに熱いのか。
いやいや、そうじゃなくて。
手を引きたいのに、白木にがっしりと掴まれている。
そっちに集中していたせいで、また唇を塞がれた。
舌も入り込んでくる。
うわ、やめろ。
舌がぞろりと歯茎を舐め、俺の舌に絡められる。
やば、い。
白木の手が俺の下半身に触れてきて、咄嗟に空いてる手で抑えた。
「先生も、ですね」
だから、言うなって。
「はな、せ」
「どっちを?」
「どっち、も…」
わわ、動かすな、バカ、やめっ。
「ほら、先生。聞こえるでしょう」
うるさい、言われなくても聞こえてる。
俺のだか、お前のだか、わからんが。
濡れた、粘着質な音。
この音は、やばい。
「…っく、う」
自分のものとは思えない声が出てしまって、慌てて口を抑える。
「先生」
白木の顔がすぐ近くにあって、唇が濡れている。
それが俺の唾液なのか、白木の唾液なのか。きっと俺も同じなんだろう、と思うと恥ずかしさが全身を這い回る。同時に、感覚が鋭くなってしまった。
白木の手の動きがやけにはっきりして、同時に手の中の白木が熱くて、ぬるぬるして。
白木の手に頬を撫でられ、つられるように白木の目を覗き込んだ。
熱っぽい、じっと見つめてくる潤んだ瞳。
いつの間にかまた舌を絡められていたが、その感覚に捕らえられ、まともな思考が出来ない。
手の中の熱と、与えられる刺激が、俺の思考を止め、感覚を追わせる。
いつに間にか白木の手が俺の手を開放していたが、俺はもう、その熱を手放せなくなっていた。
侵入物の舌を追いかけ、与えられる刺激を追うように手を動かす。
口移しに熱い吐息を吹き込まれ、頭の奥がジンと痺れてきた。
「せ、先生」
「しら、き、んう、く、でる」
「ん、僕も」
白木が手の中で弾け、おれも同時に白木の手の中へ。
頭が真っ白になって、射精の余韻にクラクラしてくる。
一人でするよりも数倍は、くる。
「先生、ティッシュどこですか」
そう声をかけられ、途端に我に返った。
な、何をしたんだ、俺は。
何を、された。
急に気恥ずかしさがこみ上げ、ティッシュを探して離れようとした白木を、力付くで引き寄せその胸に顔を埋めた。
やばい、俺を見るな。
「寺崎先生?」
「見るな」
声もかけるな、とりあえず今は。
やばい、やばい、やばい、やばい。
これは本当にまずい展開になってきた。
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