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コーヒーを飲む理由 第4話
「ご注文はお決まりですか?」
「え~と……コーヒーを」
「はい、あの……何種類かあるんですけど……お好みのものはありますか?」
マスターがメニューを指差す。
慌ててメニューを見ると、結構な種類の豆が揃っていた。
「え~と……」
一体なにがどう違うんだ?
家で入れるコーヒーは特売で買ったインスタントの粉のコーヒーだし、店で飲むときもたいてい「コーヒー」で通じるので、豆の種類など深く考えたこともなかった。
「お兄さん、この店オリジナルのブレンドコーヒーおすすめだよ!」
「あ、じゃあそれで!」
「はい!」
メニューとにらめっこをする村雨を見かねて常連客が助け舟を出してくれたので、即座に乗っかった。
村雨は今までコーヒーを美味しいと思って飲んだことはない。
もともと甘党なので、カフェオレやコーヒー牛乳なら飲めるが、ブラックは飲めなかった。
だが、大人になるとコーヒーを出されることが増える。
得意先や会社で出された時に、コーヒーは飲めないとは言えない。
砂糖とミルクを付けてくれる時もあるが、仕事の話をしている間にコーヒーはぬるくなってしまう。
ぬるいコーヒーに砂糖を入れると溶け切らなくて底に大量に残るので、なかなかの悲劇だ。
かといって、砂糖やミルクを入れずにブラックを不味そうな顔をして飲むと余計に失礼になる。
だから、コーヒーの味に慣れるために普段からコーヒーを飲むようになった。
つまり、村雨にとってのコーヒーは宿題のようなものだ。
飲みたいから飲むのではなく、社会人としてやっていくために必要だからしかたなく飲むのだ。
それだけの理由で飲んでいる村雨にとっては、コーヒーの豆の種類など正直どうでもいい。
メニューには、コーヒーの他にも紅茶やジュースもあるし、軽食もある。
だけど、コーヒーの豆の種類だけでメニューのおもて面が全部埋まっているくらいなのだから、やはりこだわりのある人が来る店なのだろう。
俺みたいなコーヒーの味がわからないような人間が来るところじゃないな。
でも……
村雨は、メニューから顔を上げると、店内に視線を向けた――
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