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ハニースマイル 第7話
「お待たせしました」
「あ……あぁ、ありがとう」
思い出に浸っていたので、マスターが隣に立っていたことに気がつかなかった。
っていうか、この人って足音しないよな……
「え~と、砂糖とミルクと、これははちみつなんですけど、結構まろやかになって美味しいので良かったら試してみてください」
「はちみつ……」
「あの、もちろんそのままでも美味しいですけど、苦いのが苦手な方とか甘いのが好きな方には、はちみつおすすめなんですよ。わたしは砂糖よりもはちみつが好きです!お好きな飲み方でどうぞ!」
マスターが、トレーを抱きしめて少し頬を紅潮させながら一息に喋った。
近距離なので、マスターの手が微かに震えているのがわかった。
めちゃくちゃ緊張してる……?
村雨はあまり人前で緊張することがないが、営業でいろんな人と話すので、人見知りの人が人前で話すのが大変なことはなんとなくわかる。
人見知りなのに他人と話さなきゃいけない仕事をしてるなんて、スゴイな……
嫌味ではなく、純粋にそう思った。
「はい、ありがとうございます」
村雨が営業スマイルで答えると、マスターが少しほっとした顔をした後、ふわっと微笑んだ。
ドキッ……
って、いやいやいや、だからマスターは男だって!!
なにときめいてんだよ……
初めて自分に向けられたマスターの自然な笑顔に、思わず胸がときめいた。
はちみつみたいに甘くて優しい微笑みだった。
いや、だから男だって!!
だらしなく緩みそうになる頬を軽くひっぱって、わざとしかめ面をする。
気持ちを切り替えるために、コーヒーに意識を戻した。
え~と、はちみつを入れたら美味しいって言ったよな。
コーヒーにはちみつを入れるなんて聞いたことないけど……
だいたい砂糖とミルクしか出てこないしな~。
まぁいいか。
マスターがはちみつが好きって言ってたし!
聞きなれないコーヒーとはちみつの組み合わせに少し驚いたが、マスターの言葉を信じて迷わずはちみつを全部入れた。
軽く混ぜて、一口含む。
「あ、美味しい……」
「そうだろう?マスターのコーヒーは美味しいんだよ!それに意外とはちみつとコーヒーってあうんだよね~」
常連客が自分のことのように自慢する。
「はちみつ足りましたか?足りなければ気軽に言ってくださいね。この先生なんて、はちみつ3杯もいれるんですから!」
「うん、本当はもっと欲しいけど、3杯で我慢してるよ」
「先生!それ以上はちみついれたら、はちみつを入れたコーヒーじゃなくて、コーヒー味のはちみつになっちゃいますよ~!」
「はははっ、それもそうか」
二人のやりとりに思わず苦笑する。
「ありがとうございます、1杯で大丈夫です」
はちみつをいれると、コーヒーの苦味が少しまろやかになって飲みやすい。
砂糖とはまた違った甘さで、村雨もはちみつの方が好きだと思った。
というか、コーヒーを飲んで美味しいって思ったのは初めてだな……
はちみつもそうだけど、たぶんこの店オリジナルのコーヒー自体が村雨には飲みやすい味なのかもしれない。
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