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雨と傘 第10話(レイニーデイ第2話)

「おい、雨降りそうだぞ。外回り行くなら傘持っていけよ~!」  先輩に声をかけられて、窓の外を見た。  朝は快晴だった空に、どんよりとした雲が広がって来ていた。 「行ってきます!」  村雨は自分のロッカーに置いてある予備の傘を持って会社を出た。 ***  昼前になって、雨が降って来た。  傘に雨が当たってバラバラと弾んでいる。    雨粒は大きいけど、しばらくしたら止みそうだな。  村雨は、自分が雨が苦手なせいか、匂いや湿度、自分の身体の具合、空の様子から、だいたい雨が降りそうな時や、どれくらいで止むかがわかる。  今日は『レインドロップ』に行けそうにないな~……  この足で『レインドロップ』に行きたいが、まだ外回りの真っ最中だ。  『レインドロップ』に行くようになってから、雨の日の体調不良はだいぶマシになってきている。  いざという時の逃げ場ができたことで、精神的に少し安定したのかもしれない。  これくらいの雨なら、何とか大丈夫だろう。  え~と、今日はこの後、あそこにいって、その後に昼飯を食べて―― 「あれ?」  信号待ちをしながらスケジュールを頭の中で確認していると、荷物を雨から守るように抱えて軒先に走りこんでいくマスターが見えた。  どうやら傘を持っていないらしい。  反射的に、マスターのいる方向に足を向けていた。  走ったせいで、ちょっと息が上がった。  気持ちだけが先走って、村雨は声をかけるよりも先にマスターに傘を差しだしていた。  マスターがびっくりした顔で村雨を見る。  あ~失敗した……  そりゃびっくりするよな…… 「これ、使って下さい」  社会人なんだから、まずは挨拶だろっ!と自分にツッコミながらも、マスターの驚いた顔を見て若干テンパった村雨は、いろいろすっ飛ばして差し出した傘の説明をした。 「え、でも……」 「今日はお店お休みなんですね」  昼前なのだから、本来ならもう店は開いているはずだ。  今日は定休日か何かか?  そういえば『レインドロップ』の定休日っていつなんだろう? 「あっ、あの、今から帰るところで……帰ったら開けようと……」  マスターが、初めて会った時のように頬を紅潮させてアワアワしていた。 「そうなんですか」  あれ?もしかしてマスター俺のことわかってないのかな?  いや、でも店に行くときと恰好は一緒だし、髪型も普段通りだし……あぁそうか、店の外で会うのは想定外だよな。  また人見知りモードに逆戻りしちゃってるのか。  というか、人見知りモードってことは、あんまり話しかけない方がいいか。  さっさと渡して立ち去ろう。  村雨が傘を渡しかけると、マスターが荷物を持つ手にぎゅっと力を入れて口を開いた。   「あのっ!よければ、店まで一緒にどうですか?そうすれば、あなたも濡れずにすみますし……」  マスターの意外な言葉に、ちょっと驚いた。    ただの社交辞令だろうけど、  そうですね、一緒に行きましょうか!  って言ったら、マスターはどうするつもりなんだろう……  いや、何考えてんの俺。  ちょっと落ち着くために、一瞬空を見上げる。  広がった雲の隙間から青空がチラッと見えた。  チッ……  心の中で舌打ちをする。   「あ~……すみません。せっかくですが今日はこれからまだ行かなければいけないところがあるので……それに、この雨はすぐに止みそうですし」  雨がすぐに止むことをこんなに残念に思う日がくるとは思わなかった。 「え……」 「また雨の日に寄らせてもらいますね。傘はそれまで預かっててください」  村雨は心底残念な気持ちを押し殺して微笑むとマスターに傘を渡し、急いでその場を立ち去った。 ***  会社の近くの定食屋で昼休憩を取りながら、マスターと会った時のことを思い出して頬が緩んだ。  今日は店に行けないと思っていたのに、偶然マスターに出会えた。  外で出会うのも、マスターとあんなに会話をしたのも初めてだ。  笑顔は残念ながら見ることができなかったけど、マスターと話が出来たことが嬉しかった。  あれ、そういえば……あの後俺の予想通りに雨はすぐに止んだから、結局マスターにとってあの傘は邪魔になっただけなんじゃ……?  うわ……俺なにやってんだろう……マスターただでさえ重そうな荷物持ってたのに、更に荷物を増やしたとか……どんな嫌がらせだよっ!?  あ~もぅ……今度店に行ったら謝ろう―― ***

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