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先輩 第12話

 今年は空梅雨なのか、雨が少ない。  今までは、雨が少ないのは大歓迎だった。  でも、今は、雨が待ち遠しい―― 「村雨ぇ~、おまえ、ちょっとは休めよ。そのうちぶっ倒れるぞ?」  外回りから帰って来た村雨は、教育係だった先輩に屋上に呼び出された。  目つきが悪いせいで何とも言えない迫力がある先輩は、とてもカタギには見えない。  ちょっと危ないクスリを売っていると言われた方が納得できるかもしれない。  その先輩が、煙草をふかしながら村雨を見た。  時代の流れで社内禁煙になったのだが、ヘビースモーカーの先輩は屋上の鍵を手に入れて堂々と吸っているのだ。  「屋上は外だろ」というのが先輩の言い分らしいが……そもそも立ち入り禁止の屋上に自由に出入りできること自体謎だ。 「俺身体は丈夫なんで大丈夫ですよ。それにまだ若いんで!」 「ほぉ~?俺がもう年だと言いたいのか?あ?」 「やだなぁ先輩、俺は口には出してませんよ?」 「思ってんじゃねぇか!!」 「いだだだっ!!先輩それ痛いっす!!」  先輩にヘッドロックをされ頭を拳でグリグリと押された。 「痛くしてんだよ!!ったく、ほら、おまえが前に言ってたあのカフェは?雨の日の避難場所(オアシス)的なところ!あそこでも行ってこいよ。ここんところ雨降ってないからどうせ行ってないんだろ?」  教育係だった先輩は、雨の日に外に出ると村雨の様子がおかしいということに気づき、毎回いろいろとフォローしてくれていた。  原因と症状をちゃんと聞いてくれて、村雨がひとり立ちできるように、雨の日の対処法を一緒に考えてくれた。  先輩は、雨の日の対処法を見つけないことには、危なっかしくて一人で行かせられない。と、なかなか村雨に合格印を押さなかった。  同期の中でも優秀な村雨が、ひとり立ちするのに時間がかかった理由はそこにある。  後で知ったことだが、ひとり立ち後も、上司や同僚たちに、それとなく雨の日は村雨のことを気にかけてやってくれと頼んでくれていたらしい。    先輩は教育係ではなくなっても、いまだに何かと気にかけてくれる。  村雨が一番信頼している先輩なので『レインドロップ』のことも話してあった。 「あ~『レインドロップ』ですね。俺も行きたいんですけど、晴れの日は行く暇がなくて……今担当してるとこって、ほとんどがあの店と正反対の方向なんですよ。だからなかなか……」  雨の日は体調回復を優先しないと仕事にならないので、無理やりにでも『レインドロップ』に行くようにしているが、晴れの日は行かなくてもなんとかやっていけるので、どうしても仕事を優先してしまう。 「おまえね、雨の日もその店のおかげでだいぶマシになってきてるんだろ?だったら、今までみたいに晴れの日にそんなに仕事つめこむことないだろ。冗談抜きで、俺はおまえが心配なんだよ」  先輩が煙草をふかしながら、村雨の頬を手の甲でペチペチと叩いた。  傍から見たら、㋳のつく職業の人に脅されているのかと思われそうだが、言葉や仕草が少し乱暴でも、中身はただの後輩思いで心配性のいい先輩だ。 「おまえ自分の顔ちゃんと鏡で見てるか?俺だったら、そんな疲れた顔してるやつの持ってくる製品なんて試してみようとも思わねぇよ」 「はい……心配してくれてありがとうございます。でも、性分ですかね、やっぱり。なんかこう……晴れの日には仕事をつめこまないと気持ち悪くて……」 「あーやだやだ!この仕事中毒者(ワーカホリック)が!!昔と違って今は残業もほとんどないんだし、早く帰ってもっと有意義に過ごせよ。それこそ彼女でも作るとかさぁ~」  先輩がふーっと煙を吐き出すと、盛大に顔をしかめながら村雨を見た。  そういう先輩もまだ独身で、ここ数年彼女はいないはずだ。  なんだか相変わらず面倒見のいい先輩の言葉に、少しくすぐったい気持ちになった。  自分を心配してくれる人がいるというのは、いいものだ。 「はははっ!」 「笑ってんじゃねぇぞこらっ!あ~もう!明日は絶対そのカフェ行って来いよ!!晴れててもな!!これはだからな!!」 「わかりました。いつもありがとうございます!」  先輩が『先輩命令』と言う時は、照れ隠しだ。  村雨が頭を下げると、先輩がニカッと笑った。  笑うと糸目になって、愛嬌のある顔になる。   「今度飲み付き合えよ」 「ノンアルで良ければ!」 「ノンアル飲むなら水飲んどけ!」 「はははっ!俺が飲んだら先輩の介抱できないでしょ」 「バカ言え、お前は俺より強いんだから飲んでも介抱できるだろうが!」 「介抱しなくてもいいように加減して飲んでくださいよ~先輩弱すぎなんだから――」  先輩の命令だし、明日は久しぶりに『レインドロップ』に行こう。     ***

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