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雨と彼と名前 第13話(レイニーデイ第4話)
「ちょっと遅くなったな……」
担当先の都合で、仕事が長引いた。
一旦職場に戻ってからにしようかと思ったが、遅くなりそうだったのでその足で『レインドロップ』に向かった。
あ、マスターだ。
『レインドロップ』の前で、マスターが背を向けて立っているのが見えた。
何やってるんだろう?
「あれ……もう閉めちゃうんですか?」
マスターが看板を仕舞おうとしているのを見て、思わず心の声が漏れていた。
いや、だからまずは挨拶しろよ俺!!
「あ、いえ、大丈夫です……よ」
慌てて振り向いたマスターの身体が、グラッと傾いた。
「え、ちょっ!大丈夫ですか!?」
反射的に手を伸ばして抱きとめた。
「マスター!?しっかりしてください!!」
軽く肩を揺さぶって声をかけるが、閉じた瞼が少しピクリと動いただけで、後は反応がなかった。
え~と、え~と、ちょっと落ち着け!?
何で倒れたんだ?病気?発作?
苦しそうな様子はないし、ケガをしてる感じでもないし~~……あ~~もうっ!!
とりあえず救急車だ!!――
***
「うん、疲労と睡眠不足と~……後は軽い栄養失調ですね。彼心臓も弱いみたいだし、最近ちょっと暑い日が続いたから体力も落ちてたんじゃないかな。今点滴してるから、目が覚めたら知らせてください」
「はい、ありがとうございました」
個室から出ていく医師に頭を下げた。
はぁ~……
大きく息を吐くと、全身の力が抜けてストンと椅子に崩れ落ちた。
疲労と睡眠不足か……他人事じゃないな。
それにしても、病気とかじゃなくて良かった……
救急車の中でもピクリともしないマスターに、昔の嫌な記憶が頭をかすめた。
全身の血がなくなる感覚ってああいうのを言うのかもしれない。
ギュっと胸が締め付けられて呼吸が上手くできなくて……
自分のものじゃないみたいに心臓がドクンドクンとうるさく脈打っていた。
マスターがこのまま目を開けてくれないんじゃないかと思うと、怖くて……
身体中の震えが止まらなかった――
さっきまでずっとマスターを心配して緊張していたので、無事だとわかって気が抜けた村雨は、無意識にマスターに手を伸ばしていた。
ベッドの端に両肘をついて、横たわるマスターの手にそっと触れる。
温かい……
マスターの体温にほっとして、その手を両手で包み込むと、自分の額に当てた。
良かった、マスターは……ちゃんと生きてる。
眠っているマスターの頬を指でそっと撫でた。
睫毛長い……美人は寝顔も美人なんだな……
きれいな顔だから、少し隈の出来ている目元が余計に目立つ。
ひとりであの店を切り盛りしてるんだから、大変だよな……
村雨もよく無茶をしすぎだと先輩に怒られるが、このマスターも無茶をするタイプなのかもしれない。
そういえば、さっき先生が心臓が弱いって言ってたな……
マスターはそのこと知ってるのかな?――
***
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