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雨と彼と名前 第14話(レイニーデイ第4話)

「はい……そうです……じゃあ、今日はこのまま直帰します。よろしくお願いします。はい……」    職場に連絡を入れて振り返ると、マスターの目がうっすらと開いているのが見えた。 「気がつきましたか?気分は?」 「……え?」  まだ寝惚けている様子だったマスターが、村雨を見てびっくりした顔をした。 「え!?……っあ」 「急に起き上がったらダメですよ!」  ガバッと起き上がったせいで、マスターの上体がふらついた。  そりゃ目が覚めていきなり俺が横にいたら驚くよな。  俺のこと店の客だって気づいてくれてたらいいけど、そうじゃなかったら完全に不審者だし……へこむ……  マスターの肩を抱き寄せて支えながら、この状況をどう説明するか考えていた。  いや、まずは看護師さんか先生呼んでこなきゃ!  腕の中でマスターがほっと力を抜いて村雨に寄り掛かって来たのを感じて、ドキッとする。 「え~と、大丈夫ですか?今看護師さん呼んできますね」  マスターがだいぶ落ち着いてきたので、そっと傍を離れて看護師を呼びに行った。      やばい……今俺……マスターを……抱きしめたいと思った……?    冷静さを装っていたものの、ナースステーションに行くまでの間、頭の中はパニック状態だった。  あのまま傍にいたら、きっとマスターを抱きしめてしまっていた……  ちょっと落ち着け!!抱きしめたいってなんだよ!マスターはどんなに美人でも男だし!!  俺ってマスターのことが好きなのか?  いや、でも……性別は別にしてもマスターのことよく知らないし……  そりゃ、マスターの笑顔は可愛いと思うし、また見たいなって思うけど――    看護師と医師が来て診察をしている間、村雨は自分の感情に動揺して廊下で頭を抱えていた。 ***  タクシーを呼んだものの、ちゃんと家に入る所まで見届けないと心配だったので、村雨も同乗することにした。  タクシーの中で、初めてお互いの自己紹介をした。  マスターの名前は春海 律(はるみ りつ)というらしい。  女性客に「はるみさん」って呼ばれていたけど、名字が「はるみ」だったのか。  そういえば、たまに「りっちゃん」って呼んでる常連客もいたな……  この顔で、名前も可愛いとか……反則だろっ!! 「店の2階が住居だったんですか」  マスターがタクシーに伝えた住所は『レインドロップ』だった。  今まで気にしたことはなかったが、改めて建物全体を見てみると、3階まである建物の1階部分がカフェになっていた。  2階3階が住居ということだろうか。 「はい……あの……よければコーヒーでも飲んでいってください」 「え?あぁ、気にしないでください。それよりも、今日はもうゆっくり養生してください」  あ~……もしかして俺がいつまでもここにいるからお礼を催促しているみたいに見えたのかな?  っていうか、考えてみたら家まで送るってストーカーみたいだよな俺……  ただのお客に自宅までついてこられたら怖くないか!?  うわぁ~……そんなつもりじゃなかったんだけど……  村雨はようやく自分の行動のヤバさに気付いた。  完全アウトだこれ…… 「でも、お礼もしたいですし……」 「いやいやいや、お礼なんて……たまたま居合わせただけですから、本当に気にしないでください!!!」  丁重に断って急いで立ち去ろうとしたのだが、マスターに腕を掴まれてしまった。 「あの、このままだとわたしの気がすまないので!!」 「あ~……じゃあ、一杯だけ……」   マスターが家に入るのを見届けるだけのつもりだったのに、勢いに負けて店に入ってしまった。  なんでマスターは俺みたいな怪しい奴を引きとめたんだろう……こんなでも一応客だからか? 「すぐに入れるので、ちょっと待って下さいね。あ、好きなところに座ってください」 「はい」  普段は一番奥の窓際に座っているが、今は二人だけだ。  この状況で村雨がそんな遠くに座るのはおかしいだろうと思って、カウンター席に座った。 「あ、あの……もしかしてこの後予定がありましたか?」  マスターがサイフォンをセットしながら、チラッと村雨を見た。 「大丈夫です。職場には直帰すると連絡してありますし、後はもう適当に晩御飯を食べて帰るだけなんで」 「晩御飯、家で食べないんですか?」 「一人暮らしなんで……自分で作ればいいんですけど、料理は苦手なんですよ」  一人暮らしをするにあたって一応練習はしたのだが、包丁は扱えるようになったが、味付けが上手くいかなかった。  なんとか食べられるものは作れたが、めちゃくちゃ美味しいという程のものは作れない。  レシピを見て一番わからないのが「少々」「適量」「ひとつまみ」だ。  その他にも、結局どれくらいなんだよ!!と叫びたくなるような説明が多すぎる!!  つまり、自分は料理には向いていないと悟って、早々に諦めた。 「それじゃあ……何か軽く作るので食べて行きませんか?」 「え?いや、でも……」 「どうせ自分の分を作るので、迷惑じゃなければ一緒に食べてくれませんか?」 「じゃあ……いただきます」  まさか、食事まで誘われるとは思っていなかったので、驚いた。  気がついたら「いただきます」と返事をしてしまっていた。 ***

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