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俺がここに来る理由 第15話(レイニーデイ第5話)

「ご馳走様でした。とっても美味しかったです」 「簡単なもので申し訳ないです。足りましたか?」 「十分ですよ。今までコーヒーしか頼んだことなかったけど、今度来たときは食事もしたいな」 「ぜひ!」  マスターは、チャーハンと野菜炒めを作ってくれた。  本人は簡単なものと言ったが、二つの料理を手早く作るのは簡単じゃないと思う。  少なくとも、村雨が作ると倍以上の時間がかかるし、ご飯もパラパラにならない。 「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」 「なんですか?」  食後のコーヒーを味わいながら話を聞く。  マスターが俺に聞きたいことって一体なんだろう? 「どうして、雨の日なんですか?」 「……え?」 「あ、あの……いつもおいでになるのが雨の日なので……雨の日に何かあるのかなと……すみません、変なこと聞いてしまって。忘れて下さい!!」 「いや、いいんです。というか……バレてましたか。雨の日になるとこちらに来てたこと……」  まさか、村雨が来るのが雨の日だけということに気がついていたとは……  マスターにしてみれば、村雨はたまに来る客の一人でしかないはずだ。  それでも、覚えてくれていたこと、気にしてくれていたことが嬉しいと思った。 「一応わたしも商売柄お客さんの顔を覚えるのは得意ですし……一回や二回なら偶然かなと思いますが、さすがに毎回雨の日だと気になって……」 「あ~そうですよね。実は……雨の日は……少し嫌な思い出があって、気分が落ち込んでしまうんですよ。だけどここに来ると、そんな気分が少し楽になれて……仕事頑張ろうって思える。俺にとっての避難場所(オアシス)みたいな感じですね」 「そうだったんですか」  かなり簡潔な説明だったし、マスターの知りたかったことにちゃんと答えられているのかよくわからなかったが、話を聞いたマスターが嬉しそうに口元を綻ばせた。  村雨がこの店を気にいっているということは伝わったらしい。  その顔に見惚れていると、マスターと目があった。 「このお店全体の雰囲気もそうですが……あなたの存在も大きい」 「え?」 「お店に入ってあなたの顔を見ると、急に心が軽くなるんです……あ、いや、あの……変な意味じゃなくて、その純粋に……って、すみません!なんか気持ち悪いこと言いましたね俺……」  口から自分の気持ちが駄々洩れだったことに気づいてはっと我に返った村雨は、真っ赤になった顔を手で覆うと「忘れてください」と俯いた。  何言ってんだ俺……恥ずかし~っ!!  これ絶対マスター引いてるだろうな…… 「あの……ありがとうございます。そんな風に言っていただけて嬉しいです。うちの店はどちらかと言うと若い方はあまりいらっしゃらないので、あなたのような若い方にも気に入っていただけているというのは、励みになります」  村雨の予想に反して、マスターは嬉しそうに照れ笑いをした。  可愛い……  じゃなくて!!え~と…… 「え、でも女子高生くらいの子もたまに来てますよね」 「彼女たちは、コーヒーが目当てというよりは……」 「あぁ、あなた目当てという感じですね」  夕方頃にここに来ると、制服を着た女の子たちに囲まれているマスターをよく見る。  あの子たちがマスタ―に好意を持っているのは傍から見ていてもわかる。  中には挨拶のように「マスター大好き」「マスター付き合って~」と声に出している子もいるくらいで、その光景にイマドキの女の子はすごいなと思いながら眺めていた。   「……そうなんです。若い女の子に好意を持たれるのは悪い気はしませんが、彼女たちにしてみればただ物珍しいだけなのかなと……きっとすぐに飽きてしまうんでしょうね」  マスターがちょっと困ったような顔をした後、寂しそうに笑った。  すぐに飽きる?  彼女たちの相手をしている時のマスターは、いつも笑顔で余裕の顔で応対しているように見えた。  人見知りのマスターが、余裕を持って応対できるということは、それだけ彼女たちがしょっちゅう来ているということなんだろう。  ただ物珍しいだけで、そんなにしょっちゅう来るだろうか……   「それはどうでしょうね。この店はあなたあってのものですよ。コーヒーの味はもちろんだけど、みんなあなたに惹かれているんですよ。きっと彼女たちも、この店の常連客になっていくと思いますよ」 「あ……ありがとうございます」  マスターにしてみれば、コーヒーの好きな人が純粋にコーヒーを楽しむために来てくれた方が嬉しいのだろうとは思う。  でも、いくら美味しいコーヒーを出されても、マスターの人柄が悪ければまた来ようとは思わないだろう。  この店の常連客はみんな『コーヒー』が好きなんだ。  だから…… 「だから、あんまり無茶はしないでくださいね。今日はちょうど俺がいたから良かったものの、ひとりでいる時に倒れたら大変ですから」  村雨は真剣な顔で手を伸ばすとマスターの頬を優しく撫でた。  点滴のおかげでだいぶ顔色は良くなっているし、食欲もあるみたいなので安心したけれど、あの時村雨が来ていなければ、今もまだ倒れたままだったかもしれない。  そう考えると、心配でたまらない……  ふと、マスターがじっと自分を見ていることに気づいた。  いや、先に見ていたのは村雨の方かもしれない。  どちらが先かはわからないけれど、二人の視線が絡み合ってマスターの澄んだ瞳から視線を離せなくなった。   「んっ――」  気がつけば、お互いの瞳に吸い込まれるように顔が近付き、口付けを交わしていた。  軽く口唇を重ねては離し、マスターの目を覗き込む……  マスターは顔を背けるでも逃げるでもなく、同じように覗き返して来た。    普段は照れてほとんど目を合わせてくれないマスターが、今はこんなに近いのに目を逸らさない。 「……っ」  村雨が口唇を重ねようとするとゆっくりと瞼を下ろして、口唇から熱い吐息を漏らした。  その瞬間、プツンと何かが切れた気がした。    もっとキスをしたいと思った――  マスターの口唇がやわらかくて気持ち良くて、ずっとキスをしていたいと思った――  合間に零れるマスターの小さな喘ぎ声に煽られて、次第に長く激しい口付けになっていく。    マスターが少しよろめいたのでそのままカウンターに押し倒して、マスターの手に指を絡めた――  村雨が口唇を離すと、頬を上気させたマスターが少し潤んだ瞳で村雨を見上げ、繋いだ手にギュっと力を込めた。    村雨が握り返すとマスターの口唇が「もっと」と動いた。    可愛い……  マスターの反応が素直に嬉しかった。  それからまた何度も角度を変えながら熱い口付けをした――…… ***

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