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君の呼ぶ声 第17話(レイニーデイ第7話)

 あれからもうすぐ一ヶ月になる。  『レインドロップ』には、一度も行っていない。  何回か雨の日はあった。  でも……行くことが出来なかった。  マスターに会いたい。  会って、ちゃんと謝りたい。  だけど、一体どの面下げて会いに行けばいい?  マスターは俺の顔など見たくもないだろう……  手紙でも書いてみようかな……読んでもらえるかはわからないけど――  そんなことをうだうだ考えている間に、行きたくても行けない状況になってしまった。    ここのところ病休や産休が重なって一気に人手不足になったので、その穴埋めをみんなで手分けしてすることになったのだ。  村雨は担当が少し増えた程度だったが、元々の担当先とは場所が離れているので移動時間がかかる。  しかも、最悪なことに全部『レインドロップ』とは正反対の方向だった。  そのため、雨の日でもちょっと時間を調節して『レインドロップ』に行くということが難しくなってしまった―― ***  今回の台風は昼頃最接近だと天気予報で言っていた。  すでに朝から結構な荒れ模様なんですけど?  村雨はため息を吐きつつ、傘を差した――  『レインドロップ』に行けない今は、雨の日の不調も以前のように自分で何とかするしかない。  なるべく余計なことは考えないようにして、昔の記憶に引きずられないようにする。  仕事のことだけ考えろ。  雨の音も、周囲の喧騒(けんそう)も、シャットアウトして―― 「……さん……村雨さ……待っ……村雨さんっ!!」  横殴りの雨が叩きつけて来る中、足早に職場に戻る途中だった村雨は、誰かに呼ばれたような気がして足を止めた。  この嵐の中、聞こえてくるのは傘に当たるバラバラという音と、バケツをひっくり返したような雨を横に流す風が唸る音だけだ。  聞き間違い?  傘が飛ばされないように注意しながらキョロキョロと周囲を見渡すが、特に村雨の知っている顔は見当たらない。  昨日の勉強会のことを考えながら歩いていたので気がつかなかったが、そういえばここは『レインドロップ』へ行く道を少し過ぎたあたりだ。  だからマスターに呼ばれてる気がしたとか?うわ、幻聴が聞こえるとか……俺だいぶ末期だな……  自分に苦笑しながら歩き出そうとした時、後方の傘の動きがおかしいことに気がついた。  こちらに向かってくる傘の波が、一か所だけ何かを避けるように不自然に動く。  その辺りに目を凝らすと、誰かが座り込んでいるのが見えた。  転んだのか?具合でも悪いのかな……なんで誰も声かけないんだよっ!  嵐の中、みんな自分のことに精一杯なのだろうとは思ったが、その人がいつまでも座り込んでいるということは、よほど具合が悪いんじゃないかと思い、村雨はそちらに向かって歩き出した。  激しい雨で前が見えにくかったので、男か女かもわからなかったが、近づくにつれて相手の姿がハッキリと見えてきた。  マスター!?  合わせる顔がないだとか、嫌われてしまったかもだとか、ごちゃごちゃ考えていたことなど頭から吹っ飛んで、駆け寄っていた。 「大丈夫ですか!?」  全身びしょ濡れのマスターに傘をさしかけながら声をかけた。   「大丈夫です……すみませ……」 「マ……春海さん、ケガしましたか?どこか具合悪いですか?」 「……村雨さん……!?」 「とりあえず、店に帰りましょう。このままじゃ風邪引きますよ」  村雨は、マスターと呼びかけて、自己紹介をしたときに名前で呼んでいいと言われたことを思い出し、言い直した。  「あんなことをしておいて気安く呼ぶな」と余計に嫌われてしまうかもしれないが、今更なので開き直った。  どうせもう呼ぶことはできないのだから、最後くらい名前で呼んでしまえ!! 「えっ!?あの、大丈夫です!!歩けますから!!ちょっと転んだだけなので!」  春海に自分の鞄を渡し抱き上げようとすると、それを制止し春海が慌てて立ち上がろうとした。 「文句は後で聞きます。今はちょっと我慢してください」 「ちょっ!!えええっ!?」    村雨は春海の言葉を無視して抱き上げると、スタスタと歩き出した。  顔も見たくないであろう村雨に助けられるのは、春海にとって不本意だと思う。  でも、びしょ濡れで座り込んでいた春海を放っておけなかった。  店に送り届けて、あのことを謝ったらすぐに帰ろう。  服が水を含んでいたが、それでも春海は軽かった。  小柄というわけではないのに、華奢で、強く抱きしめると壊れてしまいそうだ。  っていうか、春海さんこの間よりも軽くなってないか?  ちゃんと食べてるのかな……  また頑張り過ぎて無理をしてるのかも――    腕の中の春海は顔を伏せているので、表情は読み取れない。  声をかけた時にちらっと見た時は、少し泣きそうな顔をしていたけど……  一体何であんなところにいたんだろう?  雨のせいか、周囲にはもうほとんど人影はなく、あったとしてもみんな傘を飛ばされないようにすることに精一杯で、誰も二人に関心を寄せるようなことはなかった。 ***  

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