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ダメですか? 第22話(春海)
――そんな感じで、何となくお互い「キスの先」について行き詰っていたある雨の日のこと。
「ぇ……村雨さんっ!?」
人影を感じてドアの方を見た春海は、思わずそちらに駆け寄った。
ドアによっかかって傘を折りたたむ村雨が、今にも倒れそうに見えたからだ。
「すみません……ちょっと休憩させて……」
ドアベルを鳴らして入ってきた村雨が、ドアの前で待つ春海を見て少しほっとした表情になった。
「え?はい、それはもちろん……上行きますか?横になった方がいいんじゃ――」
「いや、他のお客さんいるから……いつもの席でいいです」
「でも……」
村雨は付き合うようになってからでも、店では今まで通りただの客として振る舞っている。
他のお客さんの前で、彼氏面をしたり馴れ馴れしく春海に話しかけてくることはない。
それは、お客さんが持つこの店や春海のイメージを壊したくないと言う村雨の配慮だとわかっているが、こんな時まで気にしなくてもいいのに……と思う。
「ちょっと休めば大丈夫ですから」
そういうと、春海を安心させるように肩を軽くポンポンと叩いて笑いかけ、ふらつく足取りでお気に入りの一番奥の窓際の席に座った。
「彼、大丈夫なのかい?」
常連客の『先生』が、村雨を心配そうに見た。
「どうなんでしょう……ちょっと休めば大丈夫って言ってますけど……」
「あの時よりひどいね」
「あの時?」
「ほら、彼が初めてここに来た日だよ。たしか、あの日もこんな風に雨で――」
先生に言われて、春海も思い出した。
そういえば、村雨が初めてここに来た時も、あんな風にふらふらで真っ青な顔をしていた。
雨の日は嫌な思い出があって気分が落ち込むって言ってたんだっけ……
雨の日にしか店に来ない理由を聞いた時に、確かそう言っていた。
付き合うようになってからも、雨の日は特にスキンシップが多かったような気がする。
雨の日に低気圧の影響を受けやすい人は具合が悪くなることもあると聞いたことがあるけれど、村雨さんのあの様子は、そんなのとは違う気がする……
雨の日の嫌な思い出って一体何なんだろう……?
村雨と入れ替わりのようにお客さんが帰ったので、村雨のコーヒーを入れた頃にはお客さんは先生と村雨だけになった。
春海は、村雨にコーヒーを持って行きかけて少し考えた後、そのコーヒーを先生の前に置いた。
先生は、何もかもわかっているというように目顔で頷き、ニッと笑った――
「お待たせしました」
「……ぁ、ありがとうございま……す?あれ、コーヒーは……」
手ぶらで来た春海を見て、村雨が怪訝な顔をする。
「ちょっと来てください」
「え?ちょっとマスター!?」
「先生~、ちょっと店の方よろしくお願いしますね。誰か来たら声かけて下さい」
「はいよ、任された!」
春海は、先生に店を任せて村雨を2階に引っ張って行った――
***
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