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ダメですか? 第23話(春海)
「ちょっ、マスター!どうしたんですか!?こんなことしたら先生に――」
「先生は、わたしたちのことに気づいているので大丈夫です!それより……」
春海は、ソファーに村雨を座らせると、グイッと村雨の頭を胸に抱き寄せた。
「え……っと……マスター?」
「今はマスターじゃないですよ」
「……春海さん?」
「はい」
「あの、これは一体……」
「わかりません。でも、なんだか無性にあなたを抱きしめたいと思ったから…………ダメですか?」
自分でもよくわからないけれど、真っ青な顔でどう見ても具合が悪いくせに、それでも春海に心配をかけないように無理して笑おうとする村雨を、抱きしめて包み込んであげたいと思った。
立った状態だと、村雨の方が背が高いのでどうしても春海が抱きつく感じになってしまう。
春海は、抱きつくのではなく、抱きしめたかったのだ。
だから、ソファーに座ってもらった。
「……ははっ……なにそれ反則でしょ……ズルいよ……っ」
村雨が、弱弱しく笑って春海の背中に手を回した。
様子のおかしい村雨さんを放っておけなくて思わず勢いでやってしまったのだけれど、こういうのは女の子にしてもらった方が良かったのかも……わたしには柔らかい胸なんてないし……
「あの……胸がなくて申し訳ないですけど……」
「……」
どうしよう……もしかしてわたし失敗した!?男同士なんだから普通に抱きついた方が良かったのかな……いや、普通に抱きつくっていうのも何か変か……
村雨が何も言わないので、だんだん不安になってきて泣きそうになった。
村雨さん呆れてるのかな……?
あ~もぅ……こんな慣れないことなんてしなきゃよかった……
「え~と……あの……そうだ!こ……コーヒー入れて来ますね!!」
いたたまれなくなって逃げようとしたが、村雨の腕にがっしりとホールドされていて動けなかった。
「ん~……俺は春海さんがいい……ね、コーヒーよりも……もうちょっとだけ、いい?」
「え、あ……はい、いいですよ」
村雨が春海の胸元に頭をグリグリと押し付け、ようやく喋った。
怒っているわけではなさそうだ……
春海がいいと言ってくれて少しほっとした。
村雨のそういうちょっとした言葉が、嬉しい。
でも、しばらくすると、今度は恥ずかしくなってきた。
付き合い始めてから、春海からハグをしたのはこれが初めてだったのだ。
春海が抱きしめていた腕を緩めると、村雨が背中に回していた腕にギュッと力を込めてきた。
「だめ!もうちょっと……このまま……お願い」
「ふぇ!?も、もうちょっとですか!?」
村雨の甘えた言い方にちょっと動揺してしまった。
そういえば、こうやって村雨さんが甘えてくれるのって初めてかもしれない。
ハグやキスはよくしてくるけど、普段のはどちらかと言うと愛情表現で……甘えてくるっていうのとはちょっと違うと思う。
口調も普段と違うから新鮮だ。
これが素なのかな……?
そっと村雨の髪を指で梳いてみる。
村雨はいつも春海のことを心配してくれて、包容力があって、春海を助けてくれる。
年齢は春海の方が上なのに、村雨に頼ってばかりだ。
でも、こういう姿を見ると村雨も春海のことを必要としてくれているのだなと実感できて、なんだか嬉しい……
春海は、もう一度そっと村雨を抱きしめた。
「春海さん……すげードキドキしてる……」
「えっ!?あ、だって……冷静になってみたらちょっと恥ずかしくなってきちゃって……あの、うるさくてすみません……」
「ふ……っくく……うるさくないよ、春海さんの心音、なんか安心する」
「……笑ってるじゃないですかぁ……!」
「笑ってない笑ってない」
「ぅ~……」
恥ずかしぃ~……!!!
ちょっとわたしの心臓落ち着いてぇ~!!
照れたせいで余計に心臓がうるさくなった。
それに、村雨の素の口調にもなぜかドキドキしてしまう……
村雨の肩が小さく震えているところを見ると、笑いを堪えているのだろう。
軽口を叩けるということは、ちょっとは元気になったのだろうか?
さっきまでは今にも泣きそうな声だったけれど……
だが、村雨はまだ春海の背中に回した手を離す気はなさそうで、ずっと春海の胸元に顔を埋めたままだ。
理由って……聞いてもいいのかな……
聞かない方がいい?
でも、このまま放っておくことはできないし……
「村雨さん」
「……ん?」
「あの、昔……雨の日に何があったんですか?」
「……ぁ~……」
「あ、話したくないことなら、無理に話さなくてもいいんですけど、ただ、雨の日になると毎回そんなに具合悪くなるっていうのは、ちょっと気になるっていうか……心配で……もしかしたら、誰かに話してみることで、気持ちが楽になることもあるかもしれないし――……」
聞くことで村雨を傷つけてしまうことになるかもしれない。
誰にだって、そっとしておいてほしいことの一つや二つはあるだろう。
それでも、村雨は大切な人だから、何か少しでも力になりたいのだ。
村雨を苦しめている原因がわかれば、なるべく具合が悪くならないように気遣ったり助けたりしながら寄り添うことはできる。
「聞いても、面白い話じゃないよ?」
「構いません。だいたい、面白い話だったらこんなになってないでしょう?」
「……はは……それもそうだ。さすが春海さん」
「全てを話さなくてもいいんです。話せるところだけでも……」
「……うん。……ん~……」
村雨は、ゆっくりと春海から離れて、顔をあげた。
「……そうですね……じゃあ、今夜話すので聞いてもらってもいいですか?――」
村雨はすっかり普段の口調に戻ってそう言うと、一度ギュッと春海を抱きしめて仕事に戻って行った。
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