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共感力 第25話(春海)
「――それからです、雨の日が苦手になったのは。雨の音や車の音を聞くと、あの日の出来事が次々と思い出されて、そのせいで吐き気と頭痛がひどくなる……もう家族のことはとっくに乗り越えてるつもりなんですけど――」
村雨は、昔を思い出しているせいか虚ろな目をして、淡々とした声で話していく。
感情のない顔で話していた村雨が、ふと目を上げてぎょっとした顔で春海を見た。
「えっ!?ちょっ……春海さん!なんで泣いて……っ!?」
春海は村雨に言われて自分が泣いていることに気がついた。
「あ……え?……すみません……っ」
いけない……村雨さんの感情に引きずられた……
村雨がおろおろしながら春海にティッシュを渡してくる。
「いや、こちらこそ……あの、でも俺を引き取ってくれた母の姉夫婦が良い人たちで、高校も大学も行かせてくれたし……それに仕事も楽しいしプライベートも充実してるから、今はもう早く死にたいとか思わなくなったし、むしろ最近は春海さんともっとイチャイチャしたいとか、ずっと一緒にいたいとか、早く会いたいとか、仕事中もそんなことばっかり考えてるし……!!」
「え……?」
「あ゛…………~~~~っ!なんか俺、言わなくていいことまで言った気がします……後半の部分は一旦忘れて下さい!!」
「……は、はい……」
早口で説明しながら春海の涙を拭いてくれていた村雨が、ふと我に返って、赤くなった顔を手で隠した。
春海も火照った頬に手を当てた。
嬉しい……村雨さんがそんな風に思ってくれてるなんて!
身内を亡くした空虚感、ひとりぼっちになる絶望感は、春海もよくわかる……
早く死にたいと思う気持ちも……いやというほど……
だから、辛い過去があっても、村雨さんが前向きに今を生きようと思えているなら、それでいい。
でも、それなのに村雨さんが雨の日に具合が悪くなってしまうのは……
「――村雨さん、泣けない自分を責めちゃだめですよ。泣かないからって悲しんでいないわけじゃない。むしろ、泣きたいのに泣けない方がキツイですよね……雨の日に具合が悪くなるのは、家族を想って涙を流せない自分を許せなかったからなんじゃないですか?――」
「え……なんで……」
「わかりますよ。だってわたし、村雨さんのことが好きですから。雨の日の村雨さんの感情が……あ!……ごめんなさい……わたし気持ち悪いですよね――」
しまった……っ!
急いで手で口を押さえる。
春海は子どもの頃から【共感力】が高い。
普段は周りに壁を作ってコントロールしているが、「力になりたい、相手のことをもっと知りたい」という気持ちが強ければ強いほど、コントロールできなくて感情をもろに受け取ってしまう。
相手が言葉にしていない感情にまで共感してしまうので、気味悪がられることもあった。
だから、感情を受け取ってもそれを表には出さないように気を付けていたのに……ちょっと調子に乗って喋り過ぎてしまった。
付き合い始めた頃に【共感力】のことを説明はしたけど……
村雨さんひいちゃったかなぁ……
「……春海さん、俺が今何考えてるかわかります?」
村雨が、突然春海の顔を覗き込んできた。
「え!?いや、あの……考えてることはわからないです。わたしがわかるのは感情であって、超能力みたいなのとは違うので……」
「あぁ、そうか。すみません。え~と、じゃあ、今の俺の感情はわかりますか?」
「え……と……」
「……3、2、1、はい、時間切れ―!」
「え、ええ!?時間切れって……」
村雨が真顔で腕時計から目をあげた。
春海は、動揺していたので、村雨の感情が読み取れなかった。
ただ、気持ち悪いというような負の感情ではないということはわかる。
「正解は――」
「……え?」
村雨に腕をひっぱられて、抱き寄せられた。
そのまま、ぎゅっと抱きしめられる。
「抱きしめたいくらい好き。でした」
「……え……ああああの……ええっ!?ちょ……ななななんで!?」
「もっと言えば~……」
このタイミングで抱きしめられると思っていなかったので、村雨の腕の中で軽くパニックになっていると、村雨の指が頬をすっと撫でてきて顎に指がかかった。
「村雨さ……ん~っ!?……っ……」
「キスしたいくらい好き。です」
口唇を離すと、村雨が眉を少し上げて楽しそうに笑った。
村雨の笑顔に、春海もくすぐったいような楽しい気持ちになる。
村雨さんの笑顔はなんだか心を温かくしてくれる……
「さっきも言いましたけど、春海さんに対して俺が思ってるのは、そんなことばっかりですよ」
「……なんで急に……」
あぁ、そうか。春海が自分のことを気持ち悪くないかと聞いたからだ――……
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