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雨上がりの朝 第27話(村雨)

 家族が亡くなってから、一度も涙は出なかった。  悲しい涙だけじゃなくて、嬉しい涙も悔し涙も……  それが、春海さんに出会ってからは、何回か泣きそうになることがあった。  初めて店に来た時、春海さんが倒れた時、無理やりキスをして嫌われたかもって思った時、それと……抱きしめられた時……  胸がギュッと締め付けられて、喉になんかよくわからない塊が込み上げてきて、鼻の奥がツンとなって、目頭が熱くなる……長い間忘れてしまっていたあの感覚が、蘇った。  涙は出なかったけど、もうちょっとで出そうな気がした。 「村雨さんが誰よりも優しくて泣き虫なのは知ってます」  涙は出なくても、ずっと心の中で泣いていた。  春海さんはそれに気づいてくれた。  それだけでいいと思った。  春海さんがわかってくれているなら、それだけでいい。  春海さんと一緒にいたら、そのうちに泣けるかもしれない。  なんとなく、そう思った―― ***  ふわっと鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いと、楽しそうな鼻歌。  母さん……いや、伯母さんか……あれ?俺、いつ伯母さん家に帰ってきたんだっけ?  夢現(ゆめうつつ)だった村雨の耳に、話声が聞こえてきた。 「はい、カフェ『レインドロップ』です……あぁ、おはようございます!……はい、大丈夫ですよ、いつもの時間でいいですか?……はい、わかりました――」  ん?レインドロップ?…………って、春海さん!?そうだ、俺昨日――  一気に目が覚めて、ガバッと起き上がった村雨の顔から何かが落ちた。  なんだこれ、タオル?  頭が痛くて、瞼がやけに腫れぼったい。 「あ、起きましたか?気分はどうですか?」 「おはようございます……」 「はい、おはようございます!ん~……まだ腫れてますね、もうちょっとこれ当てておいてください」    村雨の目元を覗き込んだ春海が、新たなタオルを持ってきた。  あったかい……温タオル?  言われるまま目元に当てる。 「泣いた後って目が腫れちゃうんですよね。温タオルと冷タオルを交互に当てると腫れが引きやすいんですよ。昨日村雨さんが寝てから何回かやっておいたんで、ちょっとはマシだと思うんですけど……」 「すみません……なんだかいろいろとご迷惑をおかけしたみたいで……」  ――数年ぶりに出た涙は、水漏れしている蛇口並みに(たち)が悪くて、感情なんてそっちのけでただ延々と流れ出ていた。  その状態で電車に乗るわけにもいかず、結局昨日は春海の家に泊めてもらった。  そう、初めての!お泊りですよ!!  恋人の家にお泊りという一大イベント!!  なのに……俺が泣いていたせいで何もできず……!!!  しかも、春海さんに抱きしめられて、泣き疲れて寝落ちとか……ダサすぎる!!!  なんなの?俺どこの乙女なの!?あ~もう……俺なにやってんの……!? 「迷惑なんかじゃないですよ。あ、あんまり目を強く擦っちゃだめですよ、擦ると赤くなっちゃいますから」 「あ……はい……」 「そうだ!今ご飯作ってるんですけど、先にお風呂入ってきますか?お風呂で温めたら目の腫れとか頭痛もだいぶ楽になりますよ」  落ち込む村雨と対称的に、やけに機嫌の良い春海に促されて朝風呂に入る。    っていうか、なんで頭が痛いってわかったんだろう……  お風呂から出ると、少し顔も頭もスッキリした気がした。  春海の家に来るようになってから、村雨の着替えを数枚置かせてもらっている。  雨の日とか、服が汚れたら仕事の途中でここで着替えられるように~とか、汗をかいた時に~とかなんだかんだと理由をつけて持ってきているが、本当の理由は、こうやって急なお泊りになった時用だ。  まさか、その初回がこんな……涙腺崩壊事件になるとは思いもしていなかったけれども!? 「はぁ……」  自分自身に呆れてもうため息しか出ない……  春海が出してくれた服に着替えていると、カチャカチャと食器の音がした。 「さてと、朝ごはん食べましょうか!」 ***

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