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泊ってもいい? 第35話(春海)
「そういうわけだから、マスターもくれぐれも気を付けてね?」
「はい、ありがとうございます!みなさんも気を付けて!」
「はいよ~!ごちそうさん!」
町内会の役員を見送っていると、村雨が歩いてくるのが見えた。
「いらっしゃいませ!休憩時間ですか?」
「はい、昼休憩です」
「お疲れ様です。どうぞ」
いつもの会話なのに、少しよそよそしい。
付き合う前に戻ったみたいだ……
ぎこちない村雨の空気に引っ張られて、春海も笑顔が強張ってしまう……
「それにしても、物騒だねぇ……もう5件やられたんだって?」
町内会の役員が置いて行ったお知らせを読みながら、常連客の先生が顔をしかめた。
「そうらしいですね。商店街の方で立て続けに……」
「ん?5件目は犯人と鉢合わせしちゃったのかい?」
「あ~、えっとお団子屋の義三 さんのとこですね。奥さんが夜中に店の方から音がするのに気づいて見に行ったら、誰かがレジを漁ってたらしいです。顔を見る前に逃げられたらしいですけど……」
「顔見てなくて良かったよぉ。下手したら命まで取られちゃってたかもしれないよ?マスターもひとり暮らしだし、くれぐれも戸締りはちゃんとしておくんだよ?」
「そうですね――」
***
その日の夜――
「そういえば春海さん、昼間のって何の話をしてたんですか?」
食後のコーヒーを飲みながら、村雨がふと思い出したように話を切り出した。
「え?」
「ほら、先生と……」
「あぁ、これです」
先生が見ていたお知らせを村雨に渡す。
「『空き巣・忍び込み被害多発!』ですか?」
「そうなんです……」
ここ数日の間に、近所の商店街で5件の被害が出ているらしい。
もしかしたら、個人宅にも入られているのかもしれないが、同じ手口だと分かっているのはその5件で、最後の5件目が犯人と鉢合わせしてしまったとのことだ。
今のところは金品だけで済んでいるが、先生も言っていたように一歩間違えれば命の危険もあるわけで……
警察も見回りを強化してくれているし、町内会でも交代で見回りをしてくれるようだが、各個人でも戸締りを強化するなど気を付けるようにとのお知らせだった。
「うちも一応店ですし、わたしがひとり暮らしっていうのはこの辺りじゃ知られてることなんで、町内の方たちも気にかけてくださってるみたいで……ありがたいことです」
被害が出始めてから、近所の人たちがひっきりなしに店に顔を出しては戸締り確認をちゃんとするようにと言って帰って行く。
みんな子どもの頃から春海のことを知っているので、祖父が亡くなってひとりになった春海のことを何かと気にかけてくれるのだ。
「空き巣はまだいいにしても、忍び込みは怖いですね……」
「そうですね……まぁ……うちなんて盗るほどの金品がないんで、入るだけ無駄だと思いますけどね……」
「犯人ってまだ捕まってないんですよね?」
「まだみたいです」
村雨がお知らせを見ながら何やら考え込む。
どうしたんだろうと思っていると、パッと顔を上げて春海を見た。
「……春海さん、犯人が捕まるまで、俺ここに泊まってもいいですか?」
「もちろんです!……って、え!?犯人が捕まるまで!?」
村雨から泊まってもいいかと聞かれたのは初めてなので、反射的にもちろん!と答えたが……
犯人が捕まるまでって言った!?
聞き間違いじゃないよね!?
「ダメですか?」
「え、あの……わたしはダメじゃないですけど……でも犯人が捕まるまでずっとですか?」
「春海さんをひとりにしておくのは心配なので……俺あんまり役に立たないかもだけど、いないよりはマシかなって。あの、邪魔にならないようにするんで!」
村雨さんが邪魔なんてことないですっ!!
「そんなっ!村雨さんがいてくれたらわたしは心強いです!!とっても!!」
「そうですか?それは良かったです」
若干緊張気味だった村雨が、ほっとしたように笑った。
春海もつられて笑う。
村雨が春海を心配してくれているのが嬉しかった。
実を言うと、近所で被害が出たと聞いてからずっと不安だったのだ。
でも、春海からは村雨に泊まってほしいなんて言えなくて……
村雨が家に泊まるのは、涙腺崩壊事件以来だ。
あの後、何回か泊っていきやすい雰囲気を作ってみたけれど、結局毎回終電で帰ってしまっていた。
そうこうしているうちに、ハロウィンパーティー事件でギクシャクするようになって……
だから、村雨の方から泊りたいと言ってくれるとは思わなかった。
この近所に盗みに入ってくれてありがとうございます!!
不謹慎だけれど、この時春海は思わず窃盗犯に心から感謝した。
「じゃあ、え~と……俺の着替えってありましたよね?」
「はい、もちろんありますよ!――」
泊ってくれている間に、村雨さんとの関係を以前のように戻せたらいいな――
***
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