37 / 61
ナイトメア 第36話(春海)
その日から、村雨は春海の家に泊まるようになった。
春海の家から仕事に行って、春海の家に帰って来る。
一緒にご飯を食べて、一緒にテレビを観て笑う。
だけど、やっぱり春海には触れてこない。
夜も、村雨はソファーで寝る。
村雨をソファーで寝かせるくらいなら、春海がソファーで寝る!と言っても聞いてくれなかった。
「春海さんはちゃんとベッドで寝て下さい。俺はどこでも眠れるから大丈夫ですよ。最初からそのつもりだったんで気にしないでください」
最初から春海とベッドで寝る気はない……
一緒に寝て、どうする?
抱かれる気もないのに、軽々しく一緒にベッドで寝ようなんて言うなよ……
そう言われているような気がした。
わかっている……
全部自分のせいだ。
村雨の優しさに甘えて、ずっと先延ばしにしてきた。
プラトニックな関係でいいというのは、春海のワガママだ。
このままじゃダメだ……
***
「……みさん……春海さんっ!……律 さんっ!?」
「っ……!?」
誰かに名前を呼ばれて強く揺さぶられ、目が覚めた。
「春海さん、大丈夫ですか?俺のことわかります?」
「ぇ……あの……村雨さん?」
目の前に、心配そうに見つめる村雨がいた。
「はい、大丈夫ですか?だいぶうなされてたみたいですけど……」
うなされてた?
なんだか、夢を見ていたような気はする。
妙に息切れがして、額がじっとりと汗ばんでいた。
怖くて悲しくて切なくて懐かしくて……よくわからない感情だけがなんとなく残っている。
夢から醒めたばかりで混乱している春海の頬を、村雨が両手でそっと包み込んだ。
その温もりに、ほっとする。
「怖い夢でも見た?」
「わか……んない……覚えてない……」
「そう……無理に思い出さなくていいですよ」
「はぃ……」
村雨が春海を安心させるためにギュッと抱きしめてくれた。
あ……村雨さんに抱きしめられるの……久しぶりだ……
そう思うと、嬉しくて、安心して涙が出て来た。
「え……?どうしました!?思い出しちゃった?」
「違っ……村雨さんが……っ」
「俺!?あっ……そうでした……すみません、つい……」
自分が抱きしめたせいだと勘違いしたのか、村雨が急いで春海から離れようとした。
「やだっ!!行かないでっ!!」
慌てて村雨の服を掴んだ。
「春海さん?……大丈夫ですよ、どこにも行きませんから。え~と……何か飲みもの入れてきますね」
村雨がやんわりと服を掴む春海の手を外そうとした。
「お願い、ここにいて……置いて行かないで……っ」
どうしてそんな言葉が出たのか自分でもわからない……
まだ夢現 だったのかもしれない……
とにかく、この手を離してはダメだと思った。
春海の言葉に村雨がはっとして、またベッドに座りなおした。
少し躊躇 した後、腫れ物を扱うようにそっと春海を抱き寄せた。
「大丈夫、置いて行かない。置いて行ったりしないから。ずっと傍にいるよ」
大丈夫。と言いながら、背中を優しく撫でてくれる。
春海が村雨の胸元に顔を埋めると、一瞬村雨の身体がギクリと強張った。
「……ぁっ、ごめんなさい……」
村雨さんに無理をさせている……
そう感じて、春海が身体を離そうとすると、村雨が小さくため息を吐いて、もう一度グイッと抱き寄せた。
「春海さんは悪くないでしょ?ごめんね、俺がちょっと……先日のことがあるから自制しないとって思って……えっと……俺に触られるのイヤじゃない?」
「イヤじゃないっ!」
「そか……良かった。じゃあ、春海さんが落ち着くまでこうしてるから、ね?」
「……はぃ」
「眠れそうだったら寝ていいよ」
「……ぅん」
それから村雨は、春海が眠るまでずっと抱きしめてあやしてくれた。
落ち着いたら……いなくなっちゃうの?
ずっといてほしいのに……
村雨に伝えなきゃと思ったけれど、重い瞼が下りてきて結局その言葉を伝えることは出来なかった。
どんな悪夢を見たのか思い出せないけれど、悪夢よりもこの温もりが感じられなくなることの方が怖い……
抱きしめて……キスをして……傍にいて……
この手が離れていくくらいなら……いっそ……
そこで春海の意識はプッツリと途切れた。
村雨の腕の中は気持ち良くて、村雨の鼓動と匂いと温もりに包まれて幸せな気分で眠りについた――
***
ともだちにシェアしよう!