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ナイトメア 第36話(春海)

 その日から、村雨は春海の家に泊まるようになった。  春海の家から仕事に行って、春海の家に帰って来る。  一緒にご飯を食べて、一緒にテレビを観て笑う。  だけど、やっぱり春海には触れてこない。  夜も、村雨はソファーで寝る。  村雨をソファーで寝かせるくらいなら、春海がソファーで寝る!と言っても聞いてくれなかった。 「春海さんはちゃんとベッドで寝て下さい。俺はどこでも眠れるから大丈夫ですよ。最初からそのつもりだったんで気にしないでください」  最初から春海とベッドで寝る気はない……  一緒に寝て、どうする?  抱かれる気もないのに、軽々しく一緒にベッドで寝ようなんて言うなよ……  そう言われているような気がした。  わかっている……  全部自分のせいだ。  村雨の優しさに甘えて、ずっと先延ばしにしてきた。  プラトニックな関係でいいというのは、春海のワガママだ。  このままじゃダメだ…… *** 「……みさん……春海さんっ!……(りつ)さんっ!?」 「っ……!?」  誰かに名前を呼ばれて強く揺さぶられ、目が覚めた。 「春海さん、大丈夫ですか?俺のことわかります?」 「ぇ……あの……村雨さん?」  目の前に、心配そうに見つめる村雨がいた。 「はい、大丈夫ですか?だいぶうなされてたみたいですけど……」  うなされてた?  なんだか、夢を見ていたような気はする。  妙に息切れがして、額がじっとりと汗ばんでいた。  怖くて悲しくて切なくて懐かしくて……よくわからない感情だけがなんとなく残っている。  夢から醒めたばかりで混乱している春海の頬を、村雨が両手でそっと包み込んだ。  その温もりに、ほっとする。 「怖い夢でも見た?」 「わか……んない……覚えてない……」 「そう……無理に思い出さなくていいですよ」 「はぃ……」  村雨が春海を安心させるためにギュッと抱きしめてくれた。  あ……村雨さんに抱きしめられるの……久しぶりだ……    そう思うと、嬉しくて、安心して涙が出て来た。 「え……?どうしました!?思い出しちゃった?」 「違っ……村雨さんが……っ」 「俺!?あっ……そうでした……すみません、つい……」  自分が抱きしめたせいだと勘違いしたのか、村雨が急いで春海から離れようとした。 「やだっ!!行かないでっ!!」  慌てて村雨の服を掴んだ。 「春海さん?……大丈夫ですよ、どこにも行きませんから。え~と……何か飲みもの入れてきますね」  村雨がやんわりと服を掴む春海の手を外そうとした。 「お願い、ここにいて……置いて行かないで……っ」  どうしてそんな言葉が出たのか自分でもわからない……  まだ夢現(ゆめうつつ)だったのかもしれない……   とにかく、この手を離してはダメだと思った。  春海の言葉に村雨がはっとして、またベッドに座りなおした。  少し躊躇(ちゅうちょ)した後、腫れ物を扱うようにそっと春海を抱き寄せた。 「大丈夫、置いて行かない。置いて行ったりしないから。ずっと傍にいるよ」  大丈夫。と言いながら、背中を優しく撫でてくれる。  春海が村雨の胸元に顔を埋めると、一瞬村雨の身体がギクリと強張った。 「……ぁっ、ごめんなさい……」  村雨さんに無理をさせている……  そう感じて、春海が身体を離そうとすると、村雨が小さくため息を吐いて、もう一度グイッと抱き寄せた。 「春海さんは悪くないでしょ?ごめんね、俺がちょっと……先日のことがあるから自制しないとって思って……えっと……俺に触られるのイヤじゃない?」 「イヤじゃないっ!」 「そか……良かった。じゃあ、春海さんが落ち着くまでこうしてるから、ね?」 「……はぃ」 「眠れそうだったら寝ていいよ」 「……ぅん」    それから村雨は、春海が眠るまでずっと抱きしめてあやしてくれた。  落ち着いたら……いなくなっちゃうの?  ずっといてほしいのに……  村雨に伝えなきゃと思ったけれど、重い瞼が下りてきて結局その言葉を伝えることは出来なかった。  どんな悪夢を見たのか思い出せないけれど、悪夢よりもこの温もりが感じられなくなることの方が怖い……  抱きしめて……キスをして……傍にいて……    この手が離れていくくらいなら……いっそ……  そこで春海の意識はプッツリと途切れた。  村雨の腕の中は気持ち良くて、村雨の鼓動と匂いと温もりに包まれて幸せな気分で眠りについた―― ***

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