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侵入者 第44話(村雨)
ガタン……
本当に微かにだが、何かが動いている気配がした。
村雨は、春海が眠っているのを確認すると、部屋を出た。
階段の途中にあるモップを持って、静かに1階におりる。
そっと店に通じる扉を開けて店内を見ると、カウンターの中にあるレジの前に黒い塊が見えた。
どうやら、一人。
体格からして男のようだ。
村雨は、気配を消して近付き、レジの金を物色していたその男の襟首をガッと掴んで一気にカウンターから引きずり出し、壁に叩きつけた。
「ぅわっ……!?」
壁に叩きつけられた衝撃で、男がズルズルと床に崩れ落ちる。
「……痛ってぇ……なんだ!?」
何が起きたのかわからず、唐突な痛みに呻き声をあげる男の額にモップの柄の先をグリッと押し付ける。
「なぁ、ちょっと聞いてくれる?俺今めちゃくちゃ複雑な気持ちなんだよね。気長に待つとか恰好つけたこと言ったくせに、結局また欲情して襲いかかっちゃってさ?意志が弱すぎだと思う?思うよね!!俺も思うわ……でも、俺で感じてくれてるのがわかって嬉しかったんだよ……だって、俺の手で果てて、気持ち良すぎて気絶するとか可愛すぎると思わない?で、そんな可愛い恋人の寝顔をそういう複雑な心境で眺めてたところに、お前だよお前。俺の大事な人の店で何やってくれてんの?最近この一帯を荒らしまくってるっていうのはお前か?」
「は……はぁ?何なんだよお前……」
犯人が、一息に捲し立てる村雨の勢いに圧倒されてマヌケな返事をする。
「何なの?それはこっちのセリフだろ?まぁ、そんなわけで、俺は今ちょっと発散したい気分だから、反撃してきてくれる?何もしないやつにすると過剰防衛になっちゃうから。ほら、このままだと警察に突き出されちゃうよ?」
犯人の額に押し付けていたモップの柄を外し、少し距離を取る。
呆気に取られていた犯人が、警察という言葉にようやく状況を理解したらしく、村雨に警戒の目を向けた。
「あ、ここから逃げるのもこの店の中のものを壊すのもダメだからな?そんなことしようとしたら俺加減できなくなっちゃうから、マジでやめて?俺まだ人殺しにはなりたくないんだよね」
「え……?お、お前一体何なんだよ……ひ、人殺しっ!?」
「だ~か~ら~、人殺しになりたくないから、ちゃんと反撃してこいって言ってんの。俺、段持ちだから、あんたくらいの体格だったら拳だけで頭潰せちゃうからさ。さっきだってかなり加減して投げたんだよ?」
「頭を潰す!?そ……そんなの相手にしてられっかっ!!」
男が、両手を広げて無防備に立つ村雨を突き飛ばして逃げようとした。
村雨は自分の肩に触れようとした男の手を掴むと、軽く捻ってくるっと身体を回転させ男を床に叩き落とした。
「ぐはっ!!……痛てててっ!!何!?何したんだっ!?」
「まだ何にもしてないよ?お前が勝手に転んだだけだろ?」
男からパッと身体を離した村雨が、両掌を見せながら、にっこり笑って何もしてないアピールをした。
「ひっ!?すすすすみませんでした!!ごめんなさい!!もう警察呼んでください!助けてぇえええ!!」
男が泣きながら懇願した瞬間、店の灯りがパッとついた。
「む……村雨さん?一体何が……?」
「あぁ、春海さん。すみません起こしちゃいましたか?ちょっと警察呼んで下さい。例の忍び込みです」
「えぇええ!?あ、はははいっ!!!」
春海が慌てて警察に連絡を入れた。
ちょうど近くをパトロールしていたらしく、すぐにサイレンの音が近付いてきた。
犯人が異様に怯えて、警察官に「怖かったぁ~!!早く捕まえてくださいっ!!もう二度としません!!!」と自分から手を差し出したので、この男に一体何をしたのかと村雨が問いただされる羽目になってしまった。
昔少し武道を嗜 んだことがあったので……というと、素人が無茶をするなと軽くお説教を食らった――
一方春海は、被害届を出したり、騒ぎを聞いてかけつけてきた近所の常連客の相手をしたりで、大忙しだった。
なんだかんだで、ようやく一息つけた頃にはもう空は白んできていた――
***
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