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涙の理由 第45話(村雨)

「ところで……村雨さんって段持ち?なんですか?」  ようやく騒ぎが収まって二人でコーヒーを飲んでいると、春海がおずおずと聞いてきた。  あの時、春海が途中で起きてきたのは気配で感じていたのだが……  そんなとこから聞かれてたのか…… 「段持ってますよ。ゲームの」 「へ?」 「俺がしてるゲームでね、レベルの他に段位っていうのがあって……」 「ちょちょちょっと……待ってくださいっ!!じゃあ、あの……さっき犯人に言ってたのは……」 「あぁ、はったりですよ?」 「は……はぁあっ!?はったりって……一体何考えてるんですかっ!!」  春海が興奮して立ち上がると、ソファーに座る村雨の股の間に片膝をつき胸ぐらを掴んで締め上げた。 「そんなことして、もし相手が強かったら!?それに凶器を持ってたかもしれないのに……ケガしてたらどうするつもりだったんですかぁあああああっ!!」 「ぐぇっ!ちょ、あの春海さん落ち着いて!!!武道経験者っていうのは本当なんですよ。段持ちになるといろいろ面倒なので段は取らなかったんですけど、幼稚園の頃から大学入るまでやってたので、一応それなりには……」  両手を挙げて、降参のポーズを取ったまま春海を宥める。  村雨は春海がこんなに怒っているのを見るのは初めてだったので、ちょっと圧倒されていた。  春海さんでもこんなに感情を露わにすることがあるんだな…… 「それでもっっ!!!危ないことには変わりないですっ!!」 「あ~はい、まぁ……そうですね」 「村雨さんに何かあったら……わたし……っ」 「春海さん?」 「わた……し……っひっく……っ」  村雨を見下ろしていた春海の顔がくしゃっと歪んで瞳が潤んだかと思うと、ポタポタと村雨の顔に涙が降って来た。   「ごめっ……なさ……ひっく」 「待って!」  村雨は、顔を背けて離れようとした春海を慌てて抱き寄せた。 「ごめん……ごめんね?」  泣いている春海に顔を寄せ両手でそっと頬を包み込むと、優しく撫でながら軽くあやすようなキスを繰り返した。 「心配かけてごめん……」 「ぅ~~~……っ……村雨さんまでいなくならないでっ……大切な人がいなくなるのは、っやだ……もう、ひとりはイヤなの!……傍にいてくれなきゃやだぁ……っ!!」  春海が、泣きじゃくりながら悲痛に叫んだ。 「うん……うん、そうだね。大丈夫。いなくなったりしないよ、俺はずっと傍にいるから。春海さんを置いていったりしないからね」 「あんな危ない事、しないでっ!!……すごく怖かっ……たんだから!!」 「うん、不安にさせてごめん。もう危ない事はしません!!」 「ほんと?」 「本当です!誓います!!春海さんを泣かせるようなことはしません!!」  村雨は春海をギュッと抱きしめながら、盛大に反省していた。  ひとり取り残される恐怖は……俺も嫌と言う程知っているはずなのに。  軽はずみな行動を取ったせいで、春海さんを不安にさせてしまった。  春海さんに出会ってから毎日が楽しくて、少しでも長く、ずっと一緒にいたいという気持ちでいっぱいになっていたはずなのに……  いつ死んでもいいという捨て鉢な気持ちがまだ心のどこかに残っていたのかもしれない。  春海さんを残しては逝けない!  春海さんをひとりにしたくない!  俺がいなくなったら、春海さんにはまた他の良い人があらわれるかもしれない。  でも……それとこれとは話が別だ。  俺を想って泣くくらい心配してくれる春海さんの気持ちを無下にしたくない。  少なくとも、春海さんは俺がいなくなったら悲しんでくれる。  春海さんに悲しい思いをさせたくない…… *** 「……ぅ~~~……っごめんなさぃ……」  少し落ち着いてきた春海が、村雨の胸元に顔を埋めて唸った。 「なんで春海さんが謝るの?」 「何か……っいっぱい……言っちゃった気がするぅ……」  俯いている春海の耳と首が真っ赤なところを見ると、顔も真っ赤なんだろう……  我に返って恥ずかしくなってきたってところだな。 「ふふ、大丈夫ですよ。春海さんの本音が聞けたので良かったです。俺もちょっと自分の力を過信して……軽率でした」 「すみません……村雨さんには助けてもらったのに、わたしお礼を言う前にあんな……怒鳴ったりして……ごめんなさい、本当にありがとうございました!!」 「いえいえ、ここは春海さんの大切な場所ですから。春海さんの大切なものは俺にとっても大切なものなんで。だから、自分のためにやっただけです」 「……ありがとうございます」 「はい」 「後……ごめんなさい……」 「ん?」 「服が……あの……汚してしまって……」  春海が顔を押し付けていたので、涙と鼻水で村雨の服がびしょびしょになっていた。 「あぁ、大丈夫ですよ。どうせもう着替えなきゃいけないし」 「あっ!!え、時間っ!!村雨さん今日仕事っ!!」  春海が顔をあげて慌てて時計を見た。 「はい、まだ大丈夫ですよ。今6時前ですね」 「はぁ~良かった……村雨さん少し仮眠しますか?あまり眠れてないんじゃないですか?」 「ん~、まぁ、今日を乗り切れば明日は休みなんで、大丈夫ですよ」 「今からなら半時間くらいは休めますよね?寝て下さい!あ、ここじゃなくてベッドで!」 「え、ちょっと春海さん?」  結局、春海に促されてベッドで半時間仮眠を取った。  数時間前の記憶が色濃く残るベッドで……春海の匂いに包まれて……  こんな生殺し状態で眠れるわけがないっ!!!  と思ったが、意外にもスッと眠りに入ってしまっていた。  自分が思っていた以上に気が張っていたのかもしれない―― ***

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