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どんな関係? 第46話(春海)

 はぁ……    春海はみんなにバレないように、そっとため息を吐いた。 「いやぁ、今朝は大変だったらしいねぇ。ケガはなかったのかい?」  今日は開店と同時に近所の人たちがひっきりなしにやってきては、明け方の逮捕劇の話題で持ちきり状態だった。  井戸端会議の場になることはしょっちゅうだが、今回は春海が渦中の人なので、みんなから話しを聞かせてくれとせがまれる……  だが、春海が知っているのは村雨が取り押さえてくれたところだけだ。  ――あの時  ドンッという大きな音と振動に驚いて目を覚まし、部屋から出ると村雨がソファーにいなかった。  恐る恐る下におりていくと、村雨の声が聞こえてきた。  最初は電話でもしているのかと思ったが、村雨の声が普段よりもイラだっている様子だったので気になってそっと聞き耳を立ててみた。  すると、村雨以外の人間の声も聞こえてきて、話の内容の物騒さに心臓がドキドキして動けなくなった。    どうしよう、もしかして泥棒さん!?え~と……電話!警察に電話!しなきゃ!?  春海が固まったままぐるぐると考えている間に、村雨たちの話はどんどん進んで揉みあうような声が聞こえた。  一瞬、村雨に何かあったのではと心臓が止まりそうになった……  春海が慌てて灯りをつけて飛び出したのと、犯人が助けを求めて叫んだのとが同時だった。  春海に気づいて振り返った村雨の顔は家族のことを話してくれた時と同じように、感情のない顔で……  窃盗犯を取り押さえているとは思えないくらいの冷静さが、逆に怖かった……  あぁ、この人は……死が怖くないんだ……と思った。  家族の話をしてくれた時、もう早く死にたいとは思わなくなったと言っていたけれど、本当はまだ……そう思っている部分が残っているのだと。  村雨さんもわたしを置いて逝ってしまうの?  そう思うと胸が苦しくなった……  村雨さんにとっては、わたしはその程度の存在なんだ……  春海の中ではすでに村雨の存在が何よりも大きくなっているだけに……  自分自身を大事にしてくれない村雨に、村雨の生きる希望になれない自分に、  悲しくて悔しくて腹が立った――   「――おかげさまでケガはないですよ。店も、裏口の扉を壊されてしまったんですけど、もう業者さんが来てくれて直してくれたんで……」  村雨が捕まえてくれたおかげで、春海の店からは金品の被害はなかった。  犯人はドアベルがついていない裏口から侵入したらしく取っ手が壊されていたが、騒ぎを聞きつけてやってきた町内会長が業者に連絡してくれて朝一に直しにきてくれた。  他には、村雨が犯人を叩きつけた衝撃で壁に飾っていたものが数点落下して、ちょっと欠けたり壊れたりはしたが、もともと骨董市で手に入れた安物ばかりなので、また新しく何かを飾ればいい。  春海の店の被害と言えば、その程度だった。 「犯人を取っ捕まえたのは、あの村雨って兄ちゃんだって?ちょうどここに泊まってたのかい?」 「あ~……はい。わたしがひとりで不安なんで、しばらく泊まり込んでもらってたんです」  朝から頭を悩ませていたのはこの質問だった。  村雨と親しくなっていることは、薄々みんなにもバレていたのだが、今回のことで村雨がここに泊まっていたことがバレてしまった。  どんな関係?と聞かれても、恋人と答えていいのか迷う。  常連客は年配者が多い。  春海をわが子のように思ってくれていて、早く孫が見たいと言っている人も少なくないので、男同士ということには少し抵抗がある人もいるはずだ……  村雨さんもそのことに気づいているから、いまだに店ではただの客として振る舞ってくれているのだと思う。    恋人なのに、恋人だとちゃんと言えないなんて……    だが、カミングアウトをしたせいで、店に誹謗中傷の電話や貼り紙を貼られて閉店に追い込まれたという同業者の話も聞いたことがある。    ここは祖父の思い出がいっぱい詰まっている、春海の実家だ。  ここを閉店に追い込まれたら……春海の行く場所なんてない……  そう考えると、村雨との関係を知られるのが怖い…… 「マスター大丈夫かい?顔色が良くないよ?」 「え?あ……あぁ、大丈夫です。ちょっと寝不足なんで……そのせいかも」 「あぁ、朝方から警察が来たりしていろいろ大変だったみたいだものねぇ。あまり眠れていないんじゃないか?もう今日は早仕舞いして、ゆっくりしなさい!」  先生が少し声を大きくして、わざと周囲に聞こえるように言った。  それを聞いて、他の常連客たちも春海の体調を心配し、早く休めと口々に言ってくれた。 「ありがとうございます。すみません、心配かけてしまって……」 「何言ってんだい!犯人捕まえてくれたおかげで、今日からはみんな安心して眠れるんだし、りっちゃんと村雨の兄ちゃんのおかげだよ!お礼言っておいておくれよ?」 「はい!伝えておきますね」 「じゃあ、みんな帰ろう!りっちゃんを寝かせてあげないとな!」 「ありがとうございました!」  わらわらと常連客が帰って行く。  その集団に混じって帰ろうとした先生に、そっとお辞儀をすると、先生はウインクをしながらニッと笑った。  先生は二人の関係に気づいている。  少なくとも、先生は応援してくれているようで、何かと助けてくれる。  それが心強い。  春海は一気に静かになった店内で、ホッと安堵の息を吐いた。  ちょっと休憩しよう……  扉に準備中の看板をかけて2階に上がった―― ***

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