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ホワイトクリスマス 第50話(村雨)
街中に陽気な音楽と恋人同士の楽しそうな笑い声が溢れる中、村雨は一人やさぐれていた。
クリスマス?何それ美味しいの?
12月に入ってから思っていた以上に忙しくて、春海となかなか会えなくなった。
挙句に、社内試験のために自分から数日間泣く泣く春海断ちをした。
勉強には集中できたが、というか、するしかなかったが、村雨の中の春海成分がどんどん減少してストレスが溜まりまくっていた。
ようやく試験が終わって久しぶりに会いに行くと、春海も会いたいと思ってくれていたということがわかって、かなりいい雰囲気になった。
実際、あの時の感じだと、たぶん春海もその気になっていた。
が、村雨が春海の服の中に手を入れようとした瞬間、電話が鳴って中断されてしまった。
電話の相手は常連さんで、クリスマスパーティーについての相談だったらしい。
話は20分程続き、電話が終わった後はお互いなんだか気まずくてもうそんな雰囲気になれなかった――
おのれクリスマスぅううううう!!!!
っていうか、何なの?どこかに盗聴器とか隠しカメラとか仕掛けられてるの!?
そんなことを疑いたくなるくらい、すごいタイミングだった……
その後はまた出張やら飲み会やらで会えない日が続いて、今日に至るわけです。はい。
今日は、クリスマスイブ。
本当なら、恋人と楽しく過ごすはずの日。
でも、春海は常連さんたちのクリスマスパーティーで店が一日貸し切り状態。
貸し切りだと、パーティーで食べる料理はほとんど春海が作るので、普段よりも忙しくなるらしい。
前日からいろいろと料理の仕込みをしていると言っていた。
村雨も誘われなかったわけではない。が、
「参加者はハロウィンパーティーの時とほとんど同じだから村雨さんが参加しても大丈夫ですよ。良かったら一緒にどうですか?ただ、例の逮捕劇からまだ1か月程度しか経っていないので、酒の肴に、みんなに武勇伝を話す羽目になるかも……」
と春海に言われた。
武勇伝も何も、あの時のはほとんどはったりだ。
腕に自信があったのは本当だけれど、手加減をするのは実はなかなか難しいのだ。
こちらが加減していると思っても、素人相手だとケガをさせてしまう場合もある。
だから、なるべくケンカや争いごとはしないようにしている。
あの犯人は、壁に叩きつけた時の反応から言葉である程度脅せると踏んで、ちょっと大袈裟に言ってみたら、まんまとハマって勝手に怖がって降参してくれたのだ。
だが、そんな説明では常連客は納得しないだろう。
というわけで、パーティーに参加するのは諦めた。
さすがにクリスマスイブには会社の方での飲み会はない。
独り者ばかりで集まって飲みに行くやつらはいるみたいだが、村雨は一応独り者ではないのでその集まりには呼ばれなかった。
つまり、せっかくのクリスマスイブなのに、村雨は仕事終わりに一人寂しく街をブラブラしているわけだ。
晩飯何食べようかなぁ……
適当に目についた定食屋に入る。
村雨は、料理が来るのを待つ間、何となく昔を思い出していた。
***
家族が亡くなった後、村雨は母の姉夫婦に引き取られた。
伯母夫婦には子どもが二人いたが、どちらも村雨より年上でその頃にはもう家を出ていたので、伯母夫婦の家に住んでいる間、子どもは村雨一人だった。
その従兄妹たちも昔からよく知っているので、たまに帰って来ると村雨のことを本当の弟のように可愛がってくれた。
おかげで居心地の悪さを感じることもなく、クリスマスや誕生日も盛大に祝ってくれた。
もう村雨はそんなものにこだわるような年齢じゃなかったが、それでも伯母たちの気持ちが嬉しかった――
その時、村雨の携帯が鳴った。
「はい……あぁ、伯母さん?メリークリスマス」
「メリークリスマース!どう?元気にやってる?っていうか、もしかして、デートの邪魔しちゃった?」
「伯母さん……それ確信犯でしょ?」
わざとらしい伯母の言葉に思わず笑ってしまう。
「バレたか。だって、まぁ君全然彼女紹介しに来てくれないから。お願いだから、結婚する前にはちゃんと教えてよ~?」
「はいはい」
「正月は帰って来る?青空 たちも孫を連れて帰って来るみたいだから、会いに来てやってよ」
「そら姉 も帰って来るんだ?わかった。お年玉用意して顔見せにいくよ」
「そんなものいらないわよ!みんなまぁ君の顔が見たいだけなんだから。余計な気を使わずに帰ってらっしゃい!」
「うん、ありがと。じゃあ、またね――」
苦笑しながら通話を終了する。
伯母は、明るくて茶目っ気がある。
当時、笑うこと楽しむことに罪悪感を抱いていた村雨にとって、伯母の存在は大きかった。
「悲しむこと悼むこと苦しむこと怒ること笑うこと楽しむこと……
どれも生きてるからこそできることばかりよ。
罪悪感を抱くことなんてないわ。
だって、あんたは生きてるんだから。
あんたも私も生きて、そしていつかは死ぬ。
だったら、生きてる間くらい自分の感情に正直に生きてもいいじゃない。
で、向こうに逝ったらみんなにこんな人生だったっていっぱい話してやりなさい。
土産話は面白い話が多い方が喜ぶわよきっと――」
伯母の笑い声に何度救われたかわからない。
伯母も妹を亡くしたのだから本当は悲しかったはずだ。
それでも、村雨の前ではいつも笑っていた。
強くて、温かくて、優しい人だと思う――
あぁそうか……春海さんは少し伯母さんに似てるんだ……
店を出ると、空からチラチラと白いものが降って来ていた。
「通りで寒いはずだ……」
掌にその白いふわふわを受け止める。
村雨は、掌に着地した途端融けていくそのふわふわをグッと握りしめると歩き出した――
***
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