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小さな天使 第53話(村雨)
「――来年もよろしくお願いします!お疲れ様でしたー」
それぞれに年末の挨拶を口にしながら、職場の忘年会がお開きになった。
「おい、村雨大丈夫か~?」
「大丈夫です……あ~くそっ!!こんなに飲むつもりじゃなかったのに!!」
村雨は、飲み屋の外でしゃがみ込んだ。
その背中を先輩が不器用に撫でてくれる。
先輩……俺別に吐いてるわけじゃないので、それ無意味っす……
先輩が介抱する側になるのは滅多にないので、どうすればいいのかわからずあたふたしている様子がなんだか面白い。
が、今はそれを口に出すだけの余裕がなかった。
飲み過ぎて春海に襲いかかってから、飲み会ではノンアルで通していたのに、久々にアルコールを飲んでしまった。
元々わりと強い方だが、訳あって自分のペースで飲めなかったのでちょっと酔いが回っていた。
「村雨さん大丈夫ですか……?すみません、私たちのせいで……」
村雨と先輩を囲むように立っている3人の女子社員が、申し訳なさそうに項垂れた。
「あ~……大丈夫です。ちょっと座ってれば……気にしないでください」
「そうそう、君たちは気にすんな。あ~、いつまでもここでいたら店の邪魔だし、村雨、ちょっと移動するか。君たちも遅くなる前に帰れよ。じゃあまた来年」
先輩が村雨に肩を貸して立ち上がろうとした瞬間、
「あのっ!!私、家の方向が村雨さんと同じなので、送って行きます!」
3人のうちの一人が、一歩前に出た。
「いや、送って行くっていっても……」
「タクシー拾うので大丈夫ですっ!!」
先輩がその勢いに押され気味になっているのを感じて、村雨が立ち上がった。
吐き気を抑えて、その子に笑いかける。
「ありがとう。でも、俺今から恋人のところに帰るから、きみとは同じ方向じゃないと思うんだよね。気持ちだけ貰っとく。それより、今夜は酔っ払いが多いだろうから絡まれると大変だし、君たちがタクシーで帰ってくれる?俺もその方が安心だし」
そう言いながらタクシーを捕まえると、3人を次々にタクシーに放り込んだ。
「それじゃ、また来年。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした~~!!」
3人が村雨に満面の笑みを向けた。
村雨は営業スマイルでタクシーを見送ると、またその場にしゃがみ込んだ。
くっそ、余計な体力使った……
「おいおい、大丈夫か?無茶しやがって……っていうか、相変わらずお前の女の子の扱いには感心するね。特に酒が入ってる時。どこのホストだよってくらい鮮やかに躱 すよな……」
変なところに感心してないで、水でも買ってきて欲しい……
村雨は歩道のフェンスにもたれかかりながら、先ほどから何やら村雨に背を向けてゴソゴソしている先輩を見た。
先輩は、振り返って村雨を見下ろすとニンマリと笑った。
「よし、じゃあ行くか」
「……あ?どこにっすか?」
「お前の恋人のとこだよ。さっきお前が自分で言っただろ?」
「いやいやいや、あれは断るための嘘ですよ!!こんな状態で行けるわけないでしょう!?」
「なぁに言ってんだよ。こんな状態だから行くんじゃねぇか」
「俺が前に酒で大失敗したこと言いましたよね!?だから、酔ってる状態では絶対に会えません!!それより水買ってきてくださいよ~」
先輩の手を振り払うと、村雨はむくれた顔をして先輩に水を要求した。
「水ぅ~?……はぁ……わかったよ。買ってきてやっから、そこから動くなよ?」
「あーい!」
先輩を見送ると、フェンスにもたれて目を閉じた――
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