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小さな天使 第54話(村雨)
あの女の子たちは、新入社員だ。
部署は違うが、酒癖の悪い上司に絡まれて無理やり酒を飲まされかけていたので、村雨が間に入って代わりに酒の相手をしていたのだ。
その上司の酒癖の悪さは社内でも有名で、村雨は去年も女の子を庇って代わりに飲んだ。
上司はそれが気に入らなかったらしく、今年は村雨をさっさと潰してやろうとしたらしい。
結果、先に潰れたのは上司なのだが、村雨もまぁまぁ飲まされた。
久しぶりの飲酒だったので、結構キツイ。
あ~……ったく、うちの上司も助けてくれねぇしな……
絡まれると面倒なので、みんな見て見ぬフリをする。
普段は先に潰れているはずの先輩が酔っていないのは、村雨を心配して飲むのを控えていたせいだ。
酒に弱いので代わりに飲むことはできないが、介抱くらいはしてやろうということらしい。
「……村雨さん!」
「ん~?」
名前を呼ばれた気がして目を開けると、目の前に俺の天使、もとい、春海さんがいた。
「春海さぁ~~ん!!」
「あ゛っ!?」
目の前の春海に抱きつく。
俺夢見てるのかな~。
それとも、幻が見えてるとか?
いや、幻が見えたら末期だから!!
でもなんだか……春海さん抱き心地が……
「おいおい、村雨!!お前もう失敗を繰り返さないとか言ってなかったか?しっかりしろよ!」
「……え?」
先輩の声に目を開けると、村雨が抱きついていたのは先輩だった。
「なんだ先輩かぁ~」
「なんだとはなんだ!!抱きついてきたのはおまえだろうがっ!!!」
「どうりで抱き心地が悪いと思った……」
「……水やらねぇぞ」
「あ~!すみません。俺が悪かったです。水ください!!」
先輩から水を受け取ると、半分一気飲みする。
「ぷはーっ!」
先輩を春海さんに見間違うとか……いくら酔ってたって言ってもヤバすぎるな俺……
「――そうなんですよ~。今回はキツかったみたいです。ちょっと慰めてやってくれます?」
先輩が何やらブツブツ言っている。
なに?先輩誰と話して……
「村雨さん!」
「はい!……は?」
名前を呼ばれて思わず返事をした。
でも今の声って……
「大丈夫ですか?」
「は……春海さん!?……え、待って、なんで……?」
目の前に春海がいた。
って、あれ?春海さんが小さい……
よく見ると、春海は画面越しにいた。
「さっき先輩さんから電話がかかってきて……」
先輩……俺の携帯で何やってくれてんだ!?
というか、じゃぁさっきのも幻覚じゃなかったってことか。
酔っているせいでちょっと遠近感がバグってたけど……
「あ~……すみません、こんなとこ見せちゃって」
「いえいえ、具合はどうですか?あの……良かったらうちで泊ってもらっても……」
「あ、大丈夫ですっ!酔いは今ので覚めましたっ!ホントにこんな遅くにすみません!あの、また明日連絡しますね!すみません、おやすみなさい!――」
「えっ!?ちょ、村雨さ――」
画面越しとは言え、また醜態を晒してしまったことに焦って、ほぼ一方的に電話を切った。
「あ!ばっか、おまえ……せっかくビデオ通話にしてやってたのに……」
「せんぷぁあああああああい!?なんで勝手に電話してくれてんすかぁあああああ!!!」
「お、そりゃ~……頑張ったおまえにご褒美みたいな?」
「……で、本音は?」
「おまえの自慢の恋人が見てみたかった」
「だと思いました」
半笑いでため息を吐くと、先輩の肩を軽く拳で叩いた。
結局その日は、先輩の家に泊まった。
もちろん、先輩を春海さんと間違えて襲うことは……なかった――
***
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