57 / 61
春海の覚悟 第56話(春海)
「え~と……春海さん?」
「はい!」
「あの~……春海さんの視線で、俺の顔にそろそろ穴があきそう……なんですけど……?」
「あ、すみませんっ!!」
食後、ソファーに座って二人でテレビを観ていたのだが……
村雨が苦笑しながら春海を見た。
「どうしたんですか?俺、何かついてます?」
「え?いやあの……村雨さんとこうやって過ごすのが久しぶりだから……」
12月に入ってからは忙しくて、一緒に晩御飯を食べること自体ほとんどなかった。
村雨がこうやって春海の家でくつろいでいるところを見るのは久しぶりで、嬉しい反面、瞬きしたら消えてしまうんじゃないかと不安で思わずジッと見てしまう。
「いや、瞬きはしてください!まったくもう……あんまり可愛いことばかり言わないでくださいよ。俺これでも結構我慢してるんですから……」
「我慢?」
一体何を?え、もしかして、本当はここに泊まるのイヤだったとか?
「春海さんを押し倒すのを!」
「え?」
「久しぶりだからすごいムラムラしてるんですけど、あんまりがっつくと恰好悪いし……歯止めがきかなくなりそうだから……」
村雨が、片手で顔を隠しながらそっぽを向いた。
耳が少し赤い……
え、我慢って……そういうこと?
「別に我慢しなくても……」
「春海さん……歯止めがきかないってどういうことかわかってる!?」
村雨が呆れたような顔で春海を見た。
「わ……わかってますよ!!……だからその……セックスするってことでしょ!?」
「わかってるならあんまり煽らないで……んっ!?」
春海は、視線を逸らして困った顔をする村雨に抱きついて口唇を重ねた。
「はる……みさん?」
春海の行動に驚いた村雨がバランスを崩して後ろに倒れたが、何とか片肘で身体を支えた。
「……我慢しないで下さい……」
「え?」
「我慢……しなくていいです」
「……~~~っ」
顔が赤くなっているのが自分でもわかったが、顔を背けずに頑張って村雨を見た。
村雨が、何か言いかけて声にならず口をパクパクさせた。
顔を顰めてちょっと唸りながら頭をガシガシと掻きまわすと、大きく息を吐く。
「ごめん」
「……へ?」
村雨を押し倒し馬乗り状態になっていた春海は、村雨の意外な言葉にまぬけな声を出してしまった。
村雨は戸惑う春海にふっと笑いかけると、春海の後頭部に手を当ててグイッと胸元に抱き寄せた。
「春海さんにそんな顔させたかったわけじゃないんです。すみません……」
「……顔?」
「いや、うん……なんでもないです」
顔って何!?村雨さんなんで謝ってるの!?わたし……我慢しなくていいって言っただけなのに……
「もう……したくないですか?」
「ん?」
「男じゃだめ?」
「え、待って。春海さん!?何か勘違いして――」
「わたしが男だから……抱きたくないですか?」
「そうじゃなくてっ!!ちょっと待って!!俺、そんなこと言ってないよ!?」
「だって……我慢しなくていいって言ったのに……ごめんって……」
だって、我慢してるって、歯止めがきかないって、セックスがしたいってことじゃないの!?
我慢しなくていいって言ったのに、謝られたってことは、わたしとはしたくないってことなんじゃ……
自分の言動が暴走していたことに気づいて、恥ずかしさと悲しさで涙が出て来た。
「あ~……違うよ、ごめん。そうじゃなくてね?俺はいつだって春海さんを抱きたいと思ってますけど、春海さんまだ心の準備できてないでしょ?」
村雨が、春海の目元を親指で拭いながら、瞼、額、頬と小さなキスを繰り返す。
「準備……」
村雨は以前、春海の心の準備ができるまで待つと言ってくれた。
でも……
春海は、村雨の胸元にポスンと顔を埋めた。
「わたし……村雨さんが……好きです」
「……ん?」
「好きな気持ちは、初めて会った時よりもずっと大きくなってて……一緒にいるのが楽しくて、嬉しくて、会えないと淋しくて、不安で……」
「うん」
村雨が春海の突然の告白に戸惑いつつも、静かに話を聞きながら頭を優しく撫でてくれる。
「村雨さんといると、キスして欲しくて、抱きしめて欲しくて、もっと触れていたくて……わ、わたしだってムラムラするんですよっ!!だからその……ちゃんとできるかわからないけど…………だ……抱いて欲しい……です――」
「……っ!?」
同性に抱かれる心の準備なんて……きっとこの先ずっとできそうにない。
だけど、それ以上に……好きな気持ちが大きいから……村雨さんと一緒にいたいと思う気持ちが大きいから……村雨さんになら……
「……わかりました。じゃあ、ちょっと買い物してきます」
「え!?何で!?」
村雨が春海を抱きしめて長い息を吐くと、なぜか急に立ち上がって出かける準備を始めた。
このタイミングで!?ちょっと待って、わたしのこの一世一代の覚悟をどうすれば!?
「必需品買ってきます。初めてだから、ちゃんとしたいし」
「必需……え……」
「一緒に買いに行きますか?」
必需品って……ゴムとかそういう……!?
急に恥ずかしくなって顔が熱くなった。
「いえ、ままま待ってます!!」
「そう?じゃあ、ちょっと行ってきます」
「きき気を付けて!!」
「はーい」
ちょっと笑いを堪えながら出て行く村雨の背中を、複雑な思いで見送った――
***
ともだちにシェアしよう!