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 それからというもの、私は私の女神の面影に安らぎを求める日々が続いた。  欲深い下卑た『紳士』達のために薬を調合し、『素材』を飼育し、『部品』を調達する。卑しい者ほど長く生きたがる。私もさして他人の事を言えた義理ではないが、胎児や新生児の需要の多さには吐き気を覚える。貴婦人と称する存在のために胎盤や臍帯血を加工するなどは、至って可愛い部類だ。  顧客に提供した新生児や胎児をどのように加工されるのかは客の嗜好性によるが、私の組織においては、専門家達に一任している。医師免許を持ち、一度は高い地位を得ながら、その特異な嗜好性のためにマッドサイエンティストと呼ばれ、社会から追放された彼らは、私の組織に迎え入れるや否や、実にイキイキと働いている。  平素はシンガポールやラオス-マンミャーなどに私が設立した組織の『病院』において、顧客の臓器移植手術や『部品』の採取を行っている部下もいる。アジアの貧困層には自ら進んで『部品』を提供し、対価として金銭を要求するものも少なくない。産んでしまったが育てられない子どもの『買い取り』を望む若い男女もいる。  避妊の知識の十分に行き渡っていないアジアの貧困層においては、不用意に妊娠してしまい、中絶もままならないまま、産み捨てることも珍しくはない。私の病院は、そういう追い詰められた存在を救済してもいるのだ。 「崔頭主.....」  私の身体を診察した腹心の医者が少し眉をひそめて、私を見詰めた。彼は私よりほんの少し若い。カンボジアで、ポル-ポトの愚農政策により粛清させる寸前に救いだした『医師』だ。  私の組織には、ポル-ポトの民主カンプチアもしくはその支配下で迫害を受けていた『知識人』が数多くいる。ポル-ポトの粛清から逃げ、私の庇護によって命を繋いだ彼らの大半は今や高齢であるが、私の組織の若い部下達の良い『教師』だ。  私に絶対的な忠誠を誓い、私の『事業』を後押ししてくれている。アジアの民の貧困からの解放と西洋列強の支配の殲滅.....長い植民地支配と戦争に苦しんできたアジアの民衆に反対の意思は無い。いや、自ら意思することすら本来的に奪われてきた過去によって、意思する術すら学べずにきたのだ。  彼はその中で数少ない、真の知識人。私に意見を述べることを許した男だ。医師としての私の弟子、私の主治医として。 「どうした、ホァン-プーラカ、何か?」  彼の言いたいことはわかっていた。彼の手には私のレントゲンとカルテが握られていたからだ。ホァンは、白いものの増えた頭を深く下げて言った。 「頭主さま、骨髄に影が.....」 「再発か......」 「おそらくは」  ホァンは、俯いて振り絞るように言った。 「手術は.....危険です。薬で進行を抑えるしか...」 「それでいい」  私は言った。 「女神が、降臨された。苓芳が私を導くために還ってきた。......私の長い苦しみももうすぐ終わる。その時は....」 「頭主さま......」  突然、驟雨が辺りを包んだ。激しく叩きつけるスコールの雨音に私達の声は掻き消された。善女竜王の浄めの雨だ。私は霧の如くけぶる視界の向こうに、サンクトペテルブルクに閉じ込められた女神のが、私を待っているのが見えた。切なく微笑みながら、腕を伸ばして、私を待っているのだ。

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