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 私はほどなくベトナムの著名な工房を訪れ、婚礼衣装用のアオザイの作成を依頼した。かの麗人の体型については、レヴァントが贔屓にしているブティックから盗ませた。針子にデータを書き写させるだけのことだ。大した罪に問われる話ではない。  純白の羽二重に絽の上布を着けさせ、繻子の細身のボトムと金糸の刺繍の絹の沓を誂えさせた。そして、アオザイの純白の地に金銀の二匹の龍が絡み合い睦み合う姿を刺繍させた。  彼を善女竜王である自身に目覚めさせるために。金銀の龍は私とかの麗人の姿。上昇するクンダリニーのエネルギー。プラーナが覚醒すれば、肉体での交合など必要無い。互いのエネルギー体の交合だけで、充分にエクスタシーは得られるし、霊魂を上昇させることができる。  そう、極楽浄土に達することは、そう難しいことではないのだ。だが、それにはまず、彼を『覚醒』させねばならない。  私は出来上がった衣装一式をサンクトペテルブルクに運び、西側の大使館から紹介を受けた、サンクトペテルブルクの老舗の仕立屋に託した。彼が作ったことにして届けて欲しいと依頼すると、若干、怪訝そうな顔はしたが、多額のスイス銀行の小切手を前に快諾した。  仕立屋は無事に役目を果たし.....私は彼を丁重に冥土へ送った。かの麗人の、女神の姿を語ることなど俗人には許されない。  まあ、想像のとおり、レヴァントは鬣を逆立てて激怒したようだが、そのようなことは想定の範囲内だ。私の目的はかの麗人を狼小蓮(ラァシュオレン)と呼ばれる存在を善女竜王として、その内に眠る苓芳(レイファ)の魂を覚醒させることだ。  様子を窺うに、小蓮(シュオレン)にはその兆候が見え始めているように思えた。覚醒の初期には苦痛が伴う。当面は、あのレヴァントがそのケアを行うだろう。やがて天高く飛翔し、私の元に還ってくるというのに。   ......だが、不思議なことに小蓮(シュオレン)に会うと、あの子の姿が、殺せなかったリヒャルトの息子の姿が視界を過る。小蓮(シュオレン)の拒絶の言葉があの子の拒絶の言葉のように聞こえる。  あの少年は、ラウルは趙に匿われ、香港マフィアに身を貶し、抗争で死んだと聞いた。まだ、その魂がさ迷っているのかもしれない。  ならば、私が、今度こそ私が手を引いて冥府に導いてやろう。あの時、取り損ねた小さな手が、まだそこにあるなら....。  いや、彼は私を憎んでいるかもしれない。ならば、小蓮(シュオレン)に憑いて私を殺すつもりやもしれない。それはそれでいい。私は彼の手に掛かるなら、彼の中に永遠に姿を残せるのだから。

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