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 私の計画は完璧だった。  レヴァントの支配下にある幾つかの西側のファミリーのうち、スウェーデンに本拠を置くラーツィが、レヴァントに取引きを申し出ていることを知った。ラーツィの縄張りはストックホルムを中心とする昔からの歓楽街で、売春宿の経営やカジノ、バーなどの商いを主たる生業としており、いわゆる昔ながらの地回りの性格を色濃く残していた。  ラーツィはレヴァントの影響を受け、経済界への参入を強化しようと目論み、古い体質の傘下のグループを切り捨てようとしていた。そして、そのためにレヴァントの協力を取り付けようと取り引きに出向こうとした。私はラーツィ-ファミリーのNo.2で腹心の男に、その途上でラーツィを襲うことを命じた。見返りは、資金と資金源となる麻薬と極上の娼婦達の提供......そしてファミリーのボスとなるための後ろ楯だった。 ーラーツィに成り代わって、私がヴィボルグに出向き、レヴァントを消すー  昔かたぎで、強大なロシアン-マフィアの支配下に甘んじることを厭うていたその男は一もニも無く私の提案に乗った。本当に人間というのは、欲望に弱い生き物だ。  私は計画どおり、ヴィボルグ城にレヴァントを誘い込み、包囲した。倍の手勢でレヴァントに襲いかかり、レヴァントの息の根を止める手筈だった。息絶えた血まみれの獅子に取り縋る女神とヤツの権力を奪い取り、レヴァントの氷の魔王の『王国』を跡形も無く粉砕する......私の、竜王の勝利は目前だった。  その私の計画を阻止したのは、他ならぬ我が女神、かの麗人だった。周囲を囲む私の部下を追い散らし、事もあろうに国の文化財の中で手榴弾を炸裂させ、黒い鉄の馬に跨がって私達の前に立ちはだかった。その姿はまさに、怒りに燃えて死の女神カーリーに変貌した戦いの女神ドゥルガーそのものだった。女神カーリーの怒りを収めるには夫たるシヴァ神がその身を差し出さねばならないが、レヴァントは既に女神たるかの麗人によって救い出され、現場から逃がされようとしていた。  私はレヴァントの追撃することを諦め、女神を鎮める策を選択した。私は傍らにいた側近に命じた。 「ガルドゥス、女神を鎮めろ」 「如何様に?」  赤茶けた長い髪が微かに揺れた。 「丁重に。我が城にお迎えするのだ。傷つけぬよう細心に」  私は、麗人の前に姿を現し、怯んで動きが止まった隙に右腕に銃口を向けた。   「お転婆が過ぎますよ、レディ.....」  極めて幸運なことに、銃弾は右腕を掠め、石畳に鉄の塊の落ちる鈍い音が響いた。同時にガルドゥスが跳躍し、切りつける彼のナイフを軽やかにかわし、その腕を取り、ねじ上げた。さすがは、ガルーダの血を引く男だ。 「つ......放せっ!」  私は上着の胸ポケットにしまっておいた銀の針を手に取り、もがく彼の首静脈に突き立てた。たっぷりと麻酔薬を塗ったそれは、成り行きによってはレヴァントを生け捕りにするために用意をしておいたものだ。憎んで余りある獅子-レヴァントを捕らえて、生きながら剥製にでもしてやろうかとも思い密かに隠し持ってきた。不本意ではあったが、猛る女神カーリーを鎮めるには、実に有効だった。気を失い、ぐったりとガルドゥスの腕に崩れ落ちた麗人の横顔は月明かりに照らされ、この上なく美しかった。 「引き上げるぞ、レヴァントの部下達は捨てておけ」  私は眠りについた女神をガルドゥスに担がせ、沖合いに停泊させておいた船に運ばせた。 「レヴァントに止めは刺さないのですか?」  誰かが傍らで問うた。 「今はよい。女神の加護を失った獅子など、張りぼての猫同然だ。......いずれ、女神自身の手によって截断していただくのも悪くはない」  女神を船室に戴き、するすると船は夜の波を押し開き、一路、南へと進路を取った。 「レディ、あなたに相応しい温かな光溢れる土地へお連れしましょう」 ー漆黒の髪には、鮮やかな色彩に彩られた南の空の下こそが相応しい。ー私は、深い眠りの中で幽かに睫毛を震わせる美しい面差しにそっと囁いた、  

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