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 私達を乗せたチャーター機は無事にミャンマーの奥地、私の王国の滑走路に降りた。密林に覆われた秘めた王国には部外者は誰も干渉しては来ない。時折、『お忍び』という名目で人の皮を脱ぎ、獣の本性を顕にすることを希む『紳士』達のために、密かに設えた滑走路の脇には牛がのんびりと草を食んでいる。  私は、ガルドゥスに未だ眠っている彼を白布でくるみ、私の館に運ぶように命じた。私の王国、私の城の最も奥深くに、女神を誘い迎え入れ、その目覚めを促すのだ。  用いた麻酔薬の分量に狂いはない。  数時間後、監視カメラのモニターに、清潔に設えた対の間で、彼が静かに眼を覚まし、辺りを見回している姿が確認できた。  私は、私の女神に挨拶をするために、おもむろに厚い白木の扉を開いた。そして、覚束ない仕草でベッドに身を起こす女神に笑いかけた。 「気がつかれましたかな.....レディ...」  私は状況に戸惑う駒鳥のような瞳に微笑みかけた。 「この城にあなたをお迎えできて光栄ですよ。レディ....やはり、あなたの黒曜石の瞳には南国の陽射しがよく似合う」 「俺は嬉しくない」  彼は僅かに唇を尖らせて、呟く。本当に小鳥のようだ。私は思わず微笑みを漏らした。 「いずれここの素晴らしさがお分かりになりますよ。あんな雪と氷に閉ざされた場所では心まで凍えてしまう....」  血の気の甦りつつある頬にそっと手を触れると、彼は渾身の力を込めて奴を睨み付け、そして泣きそうになった。独りで心細いのだ。決してあのレヴァントが恋しいなどと、あり得ない。いや、あってはならないことだ。 「そんな顔をなさらないで.....レディ。あなたのお気持ちは分かります。でも、それはまやかしに過ぎません。そんなにあの野蛮な獣がお気に入りなら、私が仕留めて剥製にでもしてさしあげますよ。私達の臥床の壁飾りにね.....」  彼は怒りを込めて私を睨み付け、叫んだ。 「ミハイルに、ミーシャに手を出すな!!」  女神とは、なんと情け深い存在であることか。私は少しばかり驚いた。が、そのような幻惑は早く振り払ってもらわねばならない。 「あなた次第ですよ、レディ」 「何が希みだ?」  彼には....苓芳(レイファ)の魂を宿した現身の女神には、何よりもまず、自分が何者であったかを思い出してもらわねばならない。 「私との約束を果たしてくれれば良いのです」 「約束?」 「あなたは、ずっと私の側にいてくれると約束した。生まれ変わっても...来世も共にと誓ったはずです、苓芳(レイファ)。.....いや、必ず生まれ変わって、私の妻になる....と」  彼は困惑したように首を振った。 「何の事だか、さっぱり分からないな。苓芳(レイファ)なんて名前は聞いた事も無いし、それに俺は男だ」 「存じてますよ....」   俗世に、あの獣の気に毒されて暮らしていたのだ。無理もない。私はしなやかな肢体を優しく俯せた。 「過去世を思い出すには、それなりに時間も手間も掛かりますが、私は気にはしません。...しかし、あなたがもはや生きた菩薩に生まれ変わられるとは...」  私は彼の背中に触れ、そこにはっきりと描き出された菩薩の証である蓮の花をそっと愛でた。 「触るな!」  彼は声を荒げ私の指を拒んだ。だが、それはもはや許され無いことだ。 「いけませんねぇ.....」  私は手を伸ばし、負傷した彼の右腕を締め上げた。彼は思わず顔をしかめ、身を仰け反らせた。 「救済すべき人間が誰かきちんと思い出していただかないと....」  私は彼の悪魔の枷を左手の指から抜き取った。   「あなたは私の妻なのですよ.....こんな忌まわしいものは今すぐに捨ててしまわないと...」  私は、その悪しき軛を二本の指で摘まんで潰した.....悪魔の枷は粉々に砕けて、床の上に散乱した。  私は青ざめる女神に心を込めて囁いた。 「結婚式は次の満月にしましょう....仏陀が恩寵を降ろす夜に......それまでに思い出せるよう、入念にお世話をさせます....彼女に」  私は彼の最も近しい者、彼の内に宿る苓芳(レイファ)が最も愛おしんだ存在を部屋に招き入れた。    彼は驚きと安堵と.....困惑の入り交じった眼で彼女を見つめていた。  彼が、本来の自分を思い出し、私との誓いを思い出すために、最も適した存在、彼の魂の妹、邑妹(ユイメイ)が私の許を訪れたのは、ひとえにこの為であったかと、私は内心、深く仏の導きに感謝した。  

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