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 ある日の午後、青年が既に熱中症気味だと聞いた私は、取り敢えず、邑妹(ユイメイ)に、彼に水と果物を与え、必要な水分と栄養を摂取させるように指示した。  見舞いがてら部屋に近づく。中から彼と邑妹(ユイメイ)が言葉を交わしている声が漏れてきた。  「なぁ、あいつはなんであの格好で平気なんだ?」  青年が言っているのが、私の服装のことなのはすぐに分かった。私は常に生地のしっかりした身体の隠れる衣服を着込んでいる。いや、着込んでいなければならないからだ。 「伯嶺は、アーマードスーツだから、腕や脚は露出できないの。.....機能を損なうから?」 「え?」  彼が聞き直している。まぁ想像はし難いだろう。 「あいつはサイボーグなのか?」 「下肢と左腕はね。心臓や内臓は移植を繰り返してる。だから、彼本来のパーツは脳だけ.....に近いわね」  そっと扉を開くと、青年が邑妹(ユイメイ)の説明に身を強張らせていた。 「なんでそんな.....」 「少しでも長く生きるためだって....伯嶺は身体にメスを入れることになど何の躊躇いも無い....って」 「考えられない...」  彼は、おそらくは私の生業を知っているのだろう。至極、当然な疑問を口にした。 「まさか他人の命を奪ってまで、臓器を移植してきたのか?」 「それは私にも良く分からないけど......」  邑妹(ユイメイ)は口ごもり、表情が固まっていた。 私は彼の背中越しに自らの口で答えた。 「いけないのかね....」  青年が顔をひきつらせて振り返った。彼は知らないのだ。この世の現状を。この世に当然の如く存在している『地獄』を。 「生きるに値しない、生きていても苦しむだけの者達から苦痛を取り除き、その報酬として臓器の提供を受けるだけの話だ。.....私だけでは無い。『需要』は増加している」  彼は唖然とした顔をしながら、勇気を振り絞り、なおも私を問い詰めた。その必死な真剣な眼差しは、正義感の強かった苓芳(レイファ)そのままだ。 「誘拐したり騙されて売られた若者や子供を異常性癖者の餌食にしたり、麻薬や違法薬物を売り捌くのも、その『需要』ってやつのためだとでも言うのか?!」 「その通りだ」  私は彼の問いに率直に答えた。彼は知らねばならない。この世の真実を、欲とエゴにまみれた人間の本性を。苓芳(レイファ)の清らかな魂には酷だが、『地獄』を知らねば『地獄』に喘ぐ私の思いを救うことは出来ない。私は只ひとり、苓芳(レイファ)にだけは、解って欲しかった。 「人間の『欲』には際限が無い。中でも『快楽』に対する欲求は底知れない。特にセレブリティを気取る連中は貪欲で、ほんの『気晴らし』程度のモノにも気前良く大枚をはたく。私はその『需要』に答えるだけだ」 「なんだと....?!」  私は激昂する彼に止めの一言を投げた。 「人殺しの道具をせっせと売りつけるよりはまだ上品だと思うがね」  ミハイル-レヴァントが、戦争の道具を売り捌くこともまた、紛れもなく悪魔の所業なのだ。青年は、言葉を失っていた。私は畳みかけるように言った。 「私は私や同胞を苦しめてきた者達に、その報いを味あわせているだけだ。私の行いは間違ってはいない。苓芳(レイファ)なら分かるハズだ」  私は硬直する彼の肩に触れた。青ざめた唇が震えていた。 「俺は....そんな名前じゃない」 「すぐに分かる。レディ、君は神が私の正しさを認めて下さった証だ。私の王国の繁栄を祝して、愛しい苓芳(レイファ)をお引き合わせ下さった....」  誰がいったい正義なのだろう。殺し合い奪い合う人間達の欲望の坩堝の中に、絶対的な正義など存在しない。勝利者が常に善であり正義だと言うなら、苓芳(レイファ)のように善良で直向きな存在は悪であり滅ぼされねばならない必然の中に置かれることになる。だが、それは仏陀の示された浄土の有り様とは遥かにかけ離れている。まさに『地獄』でしかない。そのような世の中など社会など、人間など全て滅ぼして、生きとし生けるものが、在るがままに在る世界へと立ち戻らせることがむしろ正しい行い、善を行うことに他ならない。  私は私の所業を悔やみはしない。死後の裁きも恐れはしない。ただ、私を取り囲む無明の闇、底無しの虚無だけを怖れる......。

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