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 月は日増しにふっくらとしてきたが、反対に彼は、苓芳(レイファ)の魂を宿した青年は日毎にその瞳の哀し気な影を深めていた。それは、まるで月に帰る日が近づくのを憂える、日本の伝説の姫君のようだった。だが、彼女は月に帰る。月に帰って地上での全てを忘れた。  彼も同じだ。私との日々を全て思い出すことが出来れば、その憂いなど彼方に消え去っていく。私はその日を静かに待っていた。 「薬は、お使いにならないのですか?」  ふと、部下の一人が不躾に私に訊いた。 「あの者を恭順させたいなら、他の拉致してきた素材にお使いになったように、薬物を用いて仕込めば、すぐに頭主さまに従順な人形になりますでしょうに.....」  その言葉はひどく私を不快にさせた。 「彼は素材ではない。私の最愛の妻、苓芳(レイファ)の魂を宿した大切な器だ。その器を薬物などで穢すわけにはいかぬ。いずれ時が至れば、苓芳(レイファ)の魂が目覚める。私はそれを待っているのだ」  部下は顔をしかめ、ひどく不服そうな顔をした。私は青年の両手に枷を嵌めてはいるが、それは彼を貶めるためではない。私の眼を盗んで、逃亡して密林に迷いこんだり、自死を図ったりしないよう、重々、気を配らねばならないからだ。邑妹(ユイメイ)がいてくれたのは、非常に大きな助けになった。彼は、邑妹(ユイメイ)を心配させないためにも、慎重に振る舞うだろう。    扉の外には銃を携えた見張りを二人。私に異議を唱えたのは、そのうちの一人だった。  実に実直な信頼に足る男だったが、やはり彼も私を裏切った。私の眼を盗んで、青年を苓芳(レイファ)を穢そうとしたのだ。    それは夕刻、私が青年の部屋を立ち去った後だった。直接に監視塔のモニターチェックをしていた部下から通信が入った。 「苓芳(レイファ)さまのお部屋に不審者が侵入しております」  私は直ぐに引き返し、青年の苓芳(レイファ)の部屋の扉の前に立った。何やら口論になっているらしい声が聞こえた。が、会話をはっきりと聞き取ることは出来ない。そっと扉を開くとあろうことか、ヤツの手が苓芳(レイファ)の頬を張るのが見えた。私は激しい怒りを覚えた。 『黙れ!』    ヤツは青年に向かって悪し様に罵りの言葉を投げつけた。 『お前は男娼だろう?!頭主さまの大切な人の姿を盗んで頭主さまを惑わせ誑かそうとする悪魔め!』 『ふざけるな!俺はそんな情けない代物じゃねぇ。崔に勝手に勘違いされて拐かされてきたんだ!』  なおも反駁する彼の髪を鷲掴み、ヤツは青年を苓芳(レイファ)をベッドに引き倒した。そしてその腹に馬乗りになると、下卑た笑いをその顔に浮かべた。苓芳(レイファ)を傷つけ、穢し、死に追いやったあの獣達、アメリカ兵の軍服を着た悪魔達のように.......。 『黙れ!淫売め!.......俺が正体.を暴いてやる!......俺のモノを咥え込んでよがっている姿を見れば頭主さまだって.....』 『止めろ!』  悪魔がまた、私の大切なものを穢し、奪い取ろうとしている。私の脳裏に、あの日の苓芳(レイファ)の泣き叫ぶ声が、穢され、傷つけられ、アメリカ兵の軍服を着た悪魔どもに、命を奪われた無惨な姿が目の前に浮かんだ。奴らは笑いながら苓芳(レイファ)を犯しながら首を絞め、殺した。虚ろに眼を見開き、苦悶に顔を歪ませて息絶えた彼女の亡骸を、私の眼前に投げ捨てた。 『お前はもう役立たずなんだ。彼女だって生きていたって気の毒なだけだろう。お前の代わりに最期にいい思いをさせてやったんだ、感謝しろよ』  悪魔達の嘲りの声が私の脳裏に渦巻いていた。私は静かに扉を開け、裏切者の悪魔に問うた。       

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