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「感心いたしませんね.....」  診療を終えたホァンが言った。 「何がだ?」  私は金属の脚の軋む忌々しい音とともにホァンを振り返った。 「あの方です......」  ホァンはいつものように慎重に言葉を選んで、言った。 「あの方は苓芳(レイファ)さまではない......それはあなたが一番良くご存知ではありませんか。苓芳(レイファ)さまは、今もあなたの傍においでになる.......」 「知っている......」  あの日からずっと、苓芳(レイファ)の魂は私の傍らにいる。私が数知れない人を殺め、人ならぬ所業に手を染めていくのを哀しく気に見つめている。 「私が彼を愛でるのは、苓芳(レイファ)に私が今も変わらず、どうしようもなく彼女を愛していることを示し、伝えるためだ」  私が彼に向かい、彼女の名を呼びながら愛を囁くとき、彼女の、苓芳(レイファ)の魂は少しばかり哀しい目をしながら、だが私を抱きしめてくれる。彼の肉体に重なり、私に必死に何かを訴えようとしてくる。 「お気持ちは解りますが......以前の乙女や青年達は結局、あなたのご意思に添えなかった。私は、再びあなたが失望に嘆く姿を見たくない......」  そう、以前にも苓芳(レイファ)に似た少女や若者はいた。だが、彼らは私に怯えて正気を失うか、私を利用しようと欲にかられ、悪魔に変貌した。だが、彼は違う......。 「その心配はない」  私はホァンに言った。 「いずれレヴァントが、彼を取り返しにくる」  ホァンが丸い目をなお丸くした。 「頭主さまは、それを承知で......」 「目の前で愛する者を喪う苦しみを知れば、彼は自身を失い、私の中に完全に堕ちてくる。その時こそ、彼と苓芳(レイファ)が完全にひとつになる時だ」  私は長袍の襟を留め直した。ほとんどの臓器を人工物でまかなっているこの体は、体温が上がらない。灼熱の熱帯にいてさえ、私は冷えきっている。 「もし、レヴァントが、彼を助けに来なかったら.......」  ホァンが訊いた。 「別な絶望が彼を襲うだろう。......いずれ彼は私のものになるよりないのだ」  私はゆっくりと椅子から立ち上がった。 「頭主さまは、なぜ、そのようにあの方に執着されるのですか?......苓芳(レイファ)さまに似ていらっしゃるだけとは思えません」  背中越しにホァンが畳み掛けた。 「彼は、......私を浄土に誘う宿命のものだ。私は彼を知っている。.......彼は私の後継者だ。苓芳(レイファ)の魂が宿れば、それは一層確かなことになる」 「頭主さま.....」  そう、私は彼を知っている。あの青年は、あの子だ。私が父親を奪ったあの幼い少年。愛する者を目の前で奪われ、嘆きと怨嗟に満ちて、私を殺しに来るはずの愛しい子。  あの村を去ってからの行方はわからないが、彼の中にはあの子がいる。レヴァントを喪った時、彼は苓芳(レイファ)とあの子とひとつになり、私の地獄に終止符を打ってくれるはずだ。  もし、その日が来なかったなら、私は彼の腕の中で息を引き取り、全てを彼に託そう。ガルドゥスは彼の良きパートナーになれるはずだ。ガルーダの子孫として、ナーガへの永劫の服従を誓ったのだから.....。 「私はあとどれくらいだ?」  私はホァンに問うた。 「.......もって、三月かと......」 「そうか」  私は深く頷いた。 「モルヒネは少なめにしておいてくれ。万全の体制で迎え打ってやらねばならない。菩薩の転生の為の贄を狩るのだからな......」  私は後ろ手に扉を閉め、廊下に一歩を踏み出した。ホァンは、私によく尽くしてくれた。事が起きる前に、ここから出してやらねばならない。ラオスの田舎町の小さな診療所なら、ゆっくり余生も過ごせるだろう。

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