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 私はGPSの画面を片手に慎重に彼らを追った。いずれ辿り着く先は決まっている。  私の王国と外界とを結ぶ一本の道。人間達の欲望を呑み込み、その残滓を吐き出すための、細く長い道を彼らはひた走っているようだ。だが、すんなりと出す訳にはいかない。  罪人が現世に戻るには冥府の神の試練を越えねばならないのだ。そして私は、彼もレヴァントも俗世に戻しはしない。レヴァントの無惨な死骸とともに、真に女神として、善女竜王として覚醒した彼は私とともに、地獄へと還るのだ。真に救済すべき者を、私を救うために。  私は彼らと外界の狭間に立ち塞がる。 「私の妻を......菩薩を何処へ連れ去るつもりだ。レヴァント、君はよくよくと仏の慈悲を無にしたいらしいな」  私は金色の鬣を振り立てるレヴァントに戒めの言葉を投げる。 「その言葉、そのまま返してやる」  獣の咆哮そのものの叫び。レヴァントの指が拳銃の銃爪を引く。だが、そんなものに怯む私ではない。    私の肉体の殆どは金属に覆われている。幾度もの試練を生き延びた私の身体は、質量を蓄えた肉体のほとんどを失い、代わりに銃弾を弾き返す硬い金属がその空虚を覆っている。 「ミーシャ、駄目だ。奴はサイボーグだ。頭を狙わないと...」  彼が獅子の耳許に叫ぶ。だが、獣に人の、神の言葉を解せるものか。 「手遅れだよ。レディ、その男はもう死神から逃れられない」  私はジリジリと間合いを詰める。獣を撃ち倒すために、この手にブローニングのハイパワーが握り、止めを刺すために二人のすぐ近くへと歩み寄る。すると、彼が咄嗟に獅子を、レヴァントを後ろに押し隠した。なんと慈悲深い......彼は、真に菩薩の如く忌まわしい獣の生命までも救おうと我が身を盾に私の前に立ちはだかった。  だが、その獣は、仏の慈悲にあずかれるような代物では無い。私は声高に、彼を諌めた。 「退きなさい、レディ!」  だが、次に彼の発した言葉は、私の想像だにしないものだった。 「崔、お前にミーシャは殺らせない!俺がお前を地獄に送ってやる!父さんに代わって!」 「父さん......だと?!」  私は、耳を疑った。それは私が切なく求めていた言葉だった。だが、その獅子を庇う青年の肢体は、あの子のものとするには、やはり若過ぎる。私は思わず呟いた。 「ラウル....そうかお前はあの男の....いや、若すぎる。あの子供は....」  青年の手がマシンガンを構え直した。 「お前を地獄へ叩き返すために、生まれ変わったんだ!」  私は歓喜した。私の予感は間違ってはいなかった。美しい指先が銃爪を引く...が、私はゆらりとそれをかわして、宙に舞った。彼の最後の幻想を打ち砕かねばならない。 「可哀想に...そんなに父親に会いたいのか」  彼は銃爪を再び引いた。が、その銃弾は既に尽きていた。虚空にカチカチと虚しい音が響いた。  私はゆっくりと彼に銃口を向けた。彼がはっきりとあの夜を思い出すように。そして再び、その目の前で愛しい者を喪い、悲嘆の裡に覚醒する瞬間を見定めるために。 その時だった。 「伯嶺!」  鋭い叫びが空間を切り裂いた。振り向きざまの私の身体は重い衝撃に横倒しに吹き飛んだ。叫び声の方に目をやると、可愛い妹が、邑妹(ユイメイ)がショットがンを構えて立ち竦んでいた。その頬を一筋の涙が伝っていた。 「邑妹(ユイメイ)!」 「もぅ終わりにしましょう.....伯嶺。姉さんが泣いてるわ....」  長く私の傍らにいながら、彼女も何も分かっていなかったのだ。  邑妹(ユイメイ)が銃を下ろし、彼らの方へ一歩、二歩と踏み出した。いけない。彼女を止めねばならない。何人たりとも、女神の覚醒を妨げてはならないのだ。私は躊躇いなく銃爪を引き、邑妹(ユイメイ)の身体が崩折れた。 「邑妹(ユイメイ)、君まで裏切るのか」  彼は覚醒せねばならないのだ。今すぐに。 「てめぇ....!」    彼が、身を踊らせて、私に襲いかかってきた。目をつり上げ、唇を震わせて.....。邑妹(ユイメイ)に暴力を振るった兵士達に飛び掛かった苓芳(レイファ)そのものだった。  私は歓喜のままに、ボディ-シールドの解除スイッチを押した。髪飾りの簪の先端が、私の心臓を貫いた。  私は彼を、ラウルを苓芳(レイファ)をじっと見詰めた。怒りと悲しみと慈悲に満ちたその姿をこの目に焼き付けるために.....。  そして私の愛を、あの子に、苓芳(レイファ)に伝えるのだ。  私は、彼の唇に口づけて、ずっとしまっておいた言葉を万感を込めて囁いた。 ーおかえり.....ー  私は待ち焦がれていた面影を抱いて眼を閉じた。私の地獄は終わった。私はもう独りではない。  柔らかな腕が私を包み、柔らかな光が私の内に温かく沁みいってくる。   ー苓芳(レイファ)......ー  私は深い安らぎの内に微笑み返す。 ーやっと君に会えた......ー

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