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 翌日からブラックドッグは養成所の訓練に復帰し、鍛練を積んだ。鬱憤を晴らすがごとく、ただ剣を振ることだけに精を出した。屋敷に呼ばれた翌日の訓練に参加しなかったことを、養成所の剣闘士たちに詮索され揶揄されたが、武力で一蹴した。  養成所の中では比較的実力の近いアレウスとはもともと模擬試合で相手をすることも多く、あの夜以降も何度か手合わせをした。その度、本気で殺すつもりでかかったが、腹が立つことに彼に敵うことはなかった。  闘技会の開催日が近づくと、試合の内訳が明らかになった。ヴァレンティーナの円形闘技場や町中の掲示板に触れが貼り出され、娯楽に餓える市民たちの間の話題はユリアトゥス主催の大闘技会で持ちきりだった。誰と誰の試合は必見だとか、この新人が注目だとか、どの剣闘士に金を賭けるかなど。  闘技会に対する町中の反応や情報は、主人に追従して外出する奴隷たちが剣闘士たちにもたらしてくれる。今回の闘技会で最も注目されているのは、ティトゥス養成所のセネカと、スプリウス養成所のアレウス、ブラックドッグ二名による大試合だと、主人つきの奴隷は教えてくれた。  あの夜以来、スプリウスに屋敷に呼び出されることはなかった。忌々しい見世物があったからこその大試合、ブラックドッグは釈然としなかった。試合の話題が養成所内で聞こえる度に、あの夜の屈辱を思い出した。アレウスの存在が視界に入る度に、憤りが甦った。あの男と共闘などありえないと唾棄した。我武者羅に剣を振り、日々は過ぎて行った。  ユリアトゥス主催の大闘技会当日、ヴァレンティーナ円形闘技場。国に建造された闘技場の中で最大規模を誇るこの闘技場は、およそ一万人の市民を収容できる。中央の砂地を全方位から見下ろすように観客席が設けられ、座席に入りきることができなかった市民は最も砂地から遠い最上階の端で立ち見をすることができる。  すべての客席はヴァレンティーナ中から集まった市民に埋め尽くされ、興奮に息を巻く男や女たちの足踏みで軋んでいる。午前中の試合は終了し、午後の部も終盤に差し掛かっていた。後の試合ほど、市民がより熱狂する注目度の高い内容が組まれている。  地上階、闘技場へと続く剣闘士たちの控え室。格子の前でブラックドッグは現在行われている試合の様子を仏頂面で眺めていた。  闘技場の砂の上は、すでに十数人の男たちが流した血や臓物の跡で赤く濡れている。今戦っている者たちも、ひとりは腹を抉られ鮮血を撒き散らしながら剣を振り回している。長くは保たないだろう。  この者が死ねば、次はブラックドッグとアレウスが舞台に出ていく番だ。 「もうすぐ終わるな」  黴や汚れで黒ずみ軋む長椅子に腰かけるアレウスが背後で呟く。 「貴様は俺のおまけのようなものだ。せめて邪魔にならないよう離れていろ。足だけは引っ張るな」  相変わらずの物言いに、ブラックドッグの眉間に深い皺が刻まれる。声を荒げたいのを堪えて、目の前の冷たい格子を掴みながら闘技場に舞う砂塵を睨んだ。 「誰が黙って大人しくしてるかよ。お前が大熊に嬲り殺された後に俺がセネカを引き裂いてやる」  この男といると、あの忌々しい夜のことを嫌が応にも思い出す。互いに蒸し返したりなどはせず、触れないようにしていた。  貴族のお遊戯に巻き込まれた事故。セネカとの試合に勝てばアレウスは借金を完済して養成所を出ていく。彼が去れば忌々しい記憶に苛まれることもないのだ。  進行の男が垂れる長い口上。耳を覆いたくなる観衆からの大歓声と下品な野次。客席から入場口に投げ込まれる花。剣闘士からの視線を求め乳房を露にする女。  本日最後の大試合が始まる直前、観客の興奮は最高潮に達している。  もう幾度と歩いた闘技場の砂の上を、今はふたりで行く。  見上げると遥か視線の先、烏合ひしめく観客席の中に設けられた貴賓席に、主催であるユリアトゥスやスプリウスの姿を見る。あの貴人たちの中には皇帝とやらもいるのかもしれない。ワインを煽りながら、奴隷剣闘士たちの命の奪い合いを見下ろしている。  ブラックドッグとアレウスのいる東側の入場口とは反対、西側から巨体が歩いてくる。  闘技場の中央まで両者近づくと、その人間離れした容貌が明らかになる。噂には聞いていたが、その身体の大きさに目を瞠った。  背丈はブラックドッグやアレウスよりも、頭三つ分ほど高く、胴や腕回りは二倍近くあり、首は丸太のように太かった。  巨体に見合う大きな手は、常人が両手で握ってやっと扱うことのできる大剣を軽々と持っている。爛々と光り裂けた眦と潰れた鼻、人の腕を飲み込めそうな口が顔面についている。  ふたりや他の多くの剣闘士と異なって、脛あてや胸あてなどの防具は一切着用していない。彼の身体に見合うものがないのか、それとも単に好まないだけなのか。巨体に纏う鋼の筋肉自体が、鎧の役割を果たしているようにも見える。  セネカの大きな影がふたりの上に差した。ブラックドッグが言葉通り首を折って見上げると、怪物のような鼻息が吹きかかる。 「これと戦えって……?」  確かに闘技場で幾人も屠ってきたような風格を携えている。彼の握る大剣に頭を柘榴のように潰される光景が容易に浮かんだ。人間でなく怪物を相手にするのだと考えれば、ユリアトゥスの提示する報酬はおそらく見合っている。 「怖じ気づいたのなら下がっていろ」  斜め前に立つアレウスの背中が冷たく突き放す。ブラックドッグは足元の血色に染まった砂の上に唾を吐いた。 「誰が怖じ気づくかよ。熊を仕留めるのは得意だ」 「流石、山の民だな」  ふ、と短く息を漏らす音が聞こえた。笑ったのか、と驚くと、いまだ歓声の姦しい闘技場内に甲高いラッパの音が鳴り響く。 「俺は武者震いをしている」  主催者であるユリアトゥスが手を打つ。開始が告げられると、歓声はより一層砂の上を覆い尽くした。  セネカはその巨体から推測できる通り、所作や攻撃自体は遅かった。先手を取ってアレウスは巨体の側面へ回り、防具のない剥き出しの脇腹を斬りつけた。俊敏な動きで、得物である二振りがセネカの身体から血を流させる。  セネカは接近したアレウスを振り払うように、右手に握った大剣を振り回した。アレウスが咄嗟に後方へ回避すると、ぶん、と空気が振動する音がブラックドッグの耳にも届く。  あれに当たれば頭が砕かれると、本能で理解できる。理解すればこそ、ブラックドッグの唇の端はつり上がった。 「離れて見守ってるだけじゃ非難の的だ……!」  セネカがアレウスに対応している隙に、側面から脚を斬りつける。  剣闘士の務めは命を賭して観衆を楽しませることだ。向こうはひとり、こちらはふたりがかり。身体のデカさと頑丈さ、並外れた膂力だけが取り柄の大男、ふたりで早期に決着をつけてしまった方が良いに決まっているが、それでは観衆から不評を得る。娯楽に餓えた市民は、手に汗握る展開を望んでいる。  作戦などありはしない。協力などもっての他だ。  長い時間をかけて相手の力を削いでいく。連携を取るつもりのないふたりでも、それだけは互いに念頭にあった。  しかし試合が開始して十数分後、疲弊しているのは大熊のセネカではなく、ブラックドッグとアレウスの方だった。  息を乱しながら、大剣を振りかざす巨体を見据える。  セネカの全身は赤く染まっていた。肩、腹、太腿、ふたりの剣が斬りつけて作った流線がまさに巨体の至るところに刻まれ、並みの剣闘士と同じ色をした血が流れ続けている。  市民たちはふたりの攻撃でセネカの巨体から血が吹き上がる度に興奮の雄叫びを上げていた。所作が遅く隙の大きいセネカが一方的に刻まれるのを楽しんでいた。しかしそれもしばらく続くと、幾度攻撃を受けても倒れない大男への驚愕と畏怖が広がっていった。 「こいつ、いつ倒れるんだよ……」  距離を取りながら肩で息をし、一度得物を下ろす。一方、セネカの動きは試合が始まった当初から鈍ることなく、変わらず圧倒的な腕力を持って大剣を振り回す。ブラックドッグとアレウスは攻撃を与えながら、当たれば致命傷必至の一撃を避けるのに、セネカのように無尽蔵ではない体力を少しずつ削られていた。 「おい、そろそろ終わらせちまった方がいい」  持久戦へ持ち込めば、不利になるのはこちらの方だ。顎を伝う汗を拭いながら、同じく肩で息をしている背中に声をかけると、アレウスは前方のセネカを見据えたまま頷いた。表情は見えない。だが、いつも平然として余裕の態度を崩さないアレウスが、今日ばかりはその限りでないことにブラックドッグは気づいていた。常ならブラックドッグの指摘に辛辣な言葉をひとつくらいは寄越してくるものだが、どうやら文句もなく同意を示している。 「俺がやる」 「てめえの好きにしろ」  短く言い残してアレウスは砂を蹴った。厚い金属版のような大剣をひらりとかわし、相手の間合いに入り込む。  肉を断つ音がした。攻撃のひとつひとつが大振りで隙の多い大男は、敏捷さでは他を寄せつけないアレウスにとって、たとえ体力を消耗した後であっても決定的な一撃を与えるのは容易なことだった。アレウスが両手に持つ剣が、セネカの腹の中央に突き刺さっている。  赤く濡れたふたつの刃は、厚い胴を貫いて男の背から突出している。ごぼりと、男の口が血を吐き出す。市民の歓声が雪崩れ込む。アレウスは確信を持って剣の柄から手を離し、一歩、二歩、後退した。  これで終わりだ。面倒ではあったが案外呆気なかった。間合いに入り込んで急所を突きさえすれば、腕力だけの鈍い男など脅威にはならない。  ――筈だった。 「!」  ブラックドッグは唾を飲む。口の端から血を垂らしながら、セネカが大剣を握ったままの腕をゆっくりと振り上げる。 「……アレウス!」  咄嗟に砂を蹴る。刃が振り下ろされる直前でふたりの間に入り込み防御の構えを取るが、セネカの振りかぶった一撃は背後のアレウスもろともブラックドッグを後方へ押し飛ばした。 「ぼうっとしてんじゃねえ!」  激しい砂塵が舞い上がる。咳き込みながら顧みると、アレウスは不愉快そうに薄氷の瞳を細めた。 「余計なことをするな」 「死ぬところだったぞ、助けてやったのに余計なことだと」 「貴様が俺を助ける? おこがましいにも程がある」 「じゃああのまま殺されるつもりだったのか」 「そういう命運だったということだ」  ブラックドッグの青筋の浮いたこめかみがぴくりと引き攣る。わざわざあの不本意な夜を過ごしてまで得た大試合を台無しにするつもりか。ブラックドッグの犠牲を無下にするつもりか。  上げそうになった怒声を飲み込んだ。からん、と金属が地に落ちる音で意識を前方へ引っ張られた。  セネカが得物を掴んでいない左手で、自身の腹に埋まった剣の一本を引き抜いたのだ。割れた鋼の腹部からは血が流れ出ているが、巌のような厳つい表情に変化はない。そして平然ともう一本の柄を握り、ぐ…と抜き、砂上へ放り投げた。  内蔵を貫かれ、生きている。生きているばかりか、地に足をつけて変わらずに立っている。 「熊どころじゃねえ……怪物だ」  アレウスの双剣は確かにセネカを貫通していた。常人であれば生きている筈がない。 「考えてみれば確かに、膂力だけが取り柄の男ならば、俺のような闘士にすでに殺されていただろう。あの的の大きさ、動きの鈍さで闘技場で生き残り何人もの剣闘士の頭を砕いてきた訳は、不死身に等しい身体か」 「腹に穴開けられて生きてる奴を、どう殺せっていうんだ」 「同じ人間には違いない、心臓を貫くか頭を潰せば死ぬ」 「偉そうに言ってるがてめえのすることはもうねえぞ。俺がやってくる」 「貴様の力は不要だ」 「自分の状況わかってんのか。てめえの二本の剣はどこにいったよ」 「貴様のを俺に寄越せ。すぐにセネカの脳天を貫いて終わらせる」  ブラックドッグは血走った目でアレウスを凝視した。 「てめえだけの闘技会じゃねえんだよ」 「いい試合をして皇帝を喜ばせれば報酬は増える。貴様が気張っても無駄だろう」 「見下すのもいい加減にしろよ。いいか、お前は一度負けてんだ。得物取られた奴は大人しく黙って見てろ。それか囮にでもなって死ね」  相変わらずのアレウスに憎々しげに吐き捨てた途端、頭上に影が差す。振り反って見えたのはおぞましく輝く銀色の光、ふたりは左右に飛んで凶刃を避けた。  凄まじい風圧で砂塵が舞う。判然としない視界の中、二撃目がブラックドッグを襲う。 「俺の方に来るか……!」  攻撃は容易に見切れた。だが、到底受け止めきれるような生易しいものではなかった。  先刻押し飛ばされた時の比ではない、剣でその一撃を受けた瞬間、足裏が地から離れた。重い震動が手首から肩まで伝わって思わず呻いた。十数歩分の距離を空中で飛ばされ、剥き出しの背中から地に落ちて硬い砂上を滑った。 「が、ッ……!」  皮膚が焼き爛れているのかと思うほど背中が熱い。頭部を強打して、視界がぐらぐらと揺れている。握り締めた掌には、かろうじて柄の感触がある。   「クソが……」  軋む肩を堪え腕を突いて何とか上体を起こす。霞む視界の中で見上げると、セネカの矛先は変わっていた。  アレウスが戦っている。その手には剣が握られている。発生した猶予で自身の得物を取り戻したらしい。 「俺が囮になってんじゃねえか……」  双剣使いの剣闘士が、右だけに剣を持って戦っている。  素早い身のこなしと立ち回りで巨躯を翻弄し、血と砂に塗れた相手の身体にさらなる流線を描く。  しかし圧倒的に、攻撃力と制圧力が不足している。セネカは、剣で傷つけられただけでは怯まない。腹に刃を突き立てても障害にならない。全力で殺しに行かなければ、こちらがやれれる。  アレウスの剣がセネカの頚部を狙う。首を刎ねようとした刃を、しかし男の鋼の筋肉に覆われた太い腕が防いだ。アレウスが全力で薙いだその一閃は、男の下腕に食い込むが、断つことはできなかった。  セネカの血だらけの手が、アレウスの頭部を掴んだ。大剣を片手で扱う大男が筋肉で作られた剣闘士の身体をいとも簡単に持ち上げると、アレウスの足先は地上から浮いた。  アレウスは足掻きながらも、再度手中に戻した剣を自身を捕らえているセネカの腕に突き刺すが、まるで痛覚さえないように怯みもしない。  ブラックドッグは口の中が急激に渇いていくように感じ、無理矢理に唾を作って飲み込んだ。  負ける。  視界はいまだ揺れていて、擦れた身体のあちこちが痛い。自身を叱咤して立ち上がるが足元がふらつく。 「ふざけんな……」  セネカはアレウスを持ち上げた腕に刺さった剣を一方の手で抜き、そして自身の血に濡れた刃を、宙吊りにした自身よりも小さな剣闘士の腹に突き刺した。  先刻、アレウスがセネカにしたことだ。アレウスは血を吐いた。セネカのように人間離れした不死身に等しい頑強さを持つ身体ではなかった。セネカが柄を捻ると、彼の血に濡れた口からは悲鳴が迸った。  観衆が沸く。男も女も老人も腕を振り上げて、ヴァレンティーナの筆頭剣闘士がいたぶられる光景に興奮し、歓喜している。  彼らにとって重要なのは勝敗ではなく、目を瞠るような、息を飲むような試合を剣闘士が展開し、餓えた心を満たしてくれるかどうか――たとえアレウスが死んだところで、本当の意味で悔しがる者はいない。闘技場の砂の上で巨躯の怪物に貫かれ凄惨な死を遂げた後は、彼の勝利に金を賭けていた者は舌を打ち、彼に夢想していた女はもったいないと嘆き、民衆は筆頭剣闘士を殺したセネカを称えるだけ。事切れたアレウスの死体は衛兵に足を持たれて闘技場の外へ引き摺られていく。 「てめえ俺のことおまけだって言ってたよな!」  足元が揺れているが、ブラックドッグは構わず駆けた。反応したセネカは地にアレウスを落とす。  足を引っ張るな、下がっていろ、お前は不要だと豪語しながら何という様だ。それで報酬を得て借金を完済して剣闘士から解放されるつもりか。  ブラックドッグはセネカと交わる瞬間、姿勢を低く滑り、大男の足の腱を斬った。いくら全身が鋼のように硬くても、ここだけは守れない。ふらつくセネカの膝を、雄叫びを上げながら渾身の力で突き刺す。  震動を伴って、セネカは砂の上に倒れた。巨躯の上に乗り上げ、剣先を太い首に突きつけるが、貫く寸前に首を掴まれ、いとも簡単に反転されて下敷きになる。  尋常でない力で喉を絞められている。自身の首の骨が軋む音が聞こえる。空気が肺に入ってこない。視界が暗く染まっていく。ブラックドッグは、ほとんど音をなさない声で叫んだ。 「俺が囮になってやってんだよ………!」  直後、ぼたぼたと生温かい液体が顔に降ってきた。唐突に首の拘束が緩み、急速に肺へ空気が流れ込んでくる。点滅する視界は真っ赤に染まっていて、刃が突き出たセネカの頭部から血と脳漿が吹き出しているのが見える。  どっと巨体が倒れ込んでくる。激しく咳き込みながら仰いだ空には、アレウスが腹から臓物を覗かせながら立っていた。 「貴様と、連携を取るとは……」  自身の腹を抉り、そしてセネカの脳天を貫いた剣を手放し、卒倒した。  ブラックドッグは覆い被さる巨躯の下から這い出して、アレウスの傍に跪いた。  姦しい民衆の歓声に、少し黙ってろと吐き捨てる。 「おい、お前が殺したんだぞ、ちゃんと見ろよ」  視線は彷徨い、息は浅い。闘技場の真ん中で、意識を失っていくアレウスに呼びかける。 「報酬ぶん取られてまで主人に大人しく従って戦って、せっかく借金返せるってとこで華々しく退場か。何のためにてめえは俺と寝たんだ、俺が身を削ってやったってのに無駄にするのか。儲けるのはスプリウスだけだぞ、それでいいのか。このまま死ねばてめえは永遠に薄汚ねえ剣闘士の身分のままだぞ」  衛兵が来て、隣で事切れる巨体を四人がかりで引き摺っていく。血と脳漿が闘技場の砂の上に赤い線を描いていく。  勝者を褒め称える民衆の歓声に掻き消されないよう、血の味のする喉を張ってブラックドッグは叫び続けた。市民の興奮は最高潮に達し、闘技場に染み込んだ血と汗のようにしばらくの間留まり続けた。

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