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06.リュシーの問診(4)

「昨日……昨日からの、俺の様子……でしたよね」 「はい。それまで何もなかったことは分かりましたので」 「あ、はい……えっと、まず朝起きたら、同僚が俺のことを匂うって言い出して……」  口元に手を当て、記憶を辿る。その辺りはまだしっかりと覚えていた。 「で、よく分からないんですけど、いきなり俺を組み敷こうとしたので、慌てて逃げて……それでサシャ先生に診てもらったら、自分の手には負えないから、ここに行くようにって」 「……それから?」  サシャはメモ用紙に視線を落とし、さらさらとペンを走らせていた。  その動きを目で追いながら、ジークは続ける。 「あ、えっと、サシャ先生の応急処置のおかげ? で、それからしばらくは何ともなかったんですけど……。それから、この森についてすぐ、今度は自分でもわかるくらいの違和感が、身体に……」 「違和感。……具体的には?」 「あ……あの、なんていうか」 「はっきりどうぞ」  言いよどむジークに反して、リュシーの態度はきわめて端的だった。 「か、身体が……熱くて」 「()ったんですね」 「!」  肩先に触れるほどのさらさらとした青い髪。大きめの瞳を縁取る長い睫毛。言葉は丁寧で笑顔は優しい――。  そんなリュシーに、どこか少女のような印象を抱いていたジークは、その可憐な唇から発せられた言葉に思わず絶句した。 「()っ……た、た……っ」  しかもそれをそのままメモに書き取っている。  ジークはその手元を見ながら、かあっと顔を赤くさせた。 「……へぇ」  その様子を横目に一瞥したリュシーは、少しだけ面白そうに目を細める。  けれども、次には何事もなかったかのようにメモへと向き直った。 「あ、いや、っていうか……っ。アンリ先生にじゃなくて、リュシーさんに話をするのでいいんですか? ――あ、もしかして助手とか?」  ジークは取り繕うように話題を変える。  するとリュシーはとたんに深い溜息を吐き、 「助手……。間違ってはいませんが、正解でもないです」 「え……どういうことですか?」  首を傾げるジークに、どこか不服そうな|表情《かお》を向けた。 「鏡……さっきの部屋に、なかったでしょ。机の上」 「鏡?」 「持ち手のある、ごてごてとした趣味の悪……古めかしい手鏡です」 「古めかしい手鏡……。……はい、見える範囲にはなかったと思います」  物珍しいもので溢れていたアトリエの様子を思い浮かべながら、ジークはこくこくと頷いた。  リュシーは溜息を重ねて、「そういうことです」と独り言のように短く言った。 (鏡を置いていかなかった、イコールこれが俺の仕事だってことなんだよ)  思いながら、リュシーは半ば無意識に、忌々しげに舌打ちもする。  その様子に一瞬顔を凍らせたジークだったが、次にはリュシーが笑顔を見せたことで、まんまと流されてしまった。 「――では、続きを」  リュシーはペンを持ち直し、さっさと次の質問に移った。

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