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08.ジークと薬(3)

「っ……」  薄く開いた唇の隙間で、誘うように覗いた舌がゆっくりと動いている。  さっきとはまるで別人だ。リュシーは奥歯を噛みしめ、その現実味のない空間へとどうにか踏み出した。 「もう少しくらい大人しく寝てろよ……!」  口元を覆う手を外し、ジークの胸元に手を伸ばす。そのまま突き飛ばすようにして後ろに押し倒すと、抑えつけるように自重を載せた。  そうしながら、片手で瓶の蓋を開けようとする――が、うまくいかない。  もたついているうちに、ジークの手が伸びてくる。リュシーの服へと指がかかり、きっちりと詰めていた襟を開かれる。  あらわになった鎖骨を撫でる手つきが、否応なしに情欲を擽ってくる――。 「さ、触んな……っ」  その気もないのに背筋が泡立つ。リュシーは「くそ……っ」と悪態をつきながら、ジークを抑えていた手を戻し、瓶の蓋を急いで開けた。  ちらとジークの口元を見る。僅かに逡巡し、舌打ちを漏らす。  それから意を決したように、リュシーは手の中の瓶を自分の口元に寄せ、その液体を口に含んだ。 「ん、んぅっ……!」  他方の手が瓶の蓋を投げ捨てる。その手で、再びジークの胸倉を掴む。引き寄せながら唇を重ねて、口内の液体を一気に流し込んだ。 「……っ」  ジークがそれを嚥下したのを確認してから、リュシーは一度唇を離し、続けて残りの液体を呷る。  空になった瓶を傍らに投げ置き、ジークの両手首を掴むと、組み敷くようにしてシーツの上へと縫い止めた。  一見、細身に見えるジークだったが、騎士を志願するだけあって、その体付きは思いの外しなやかだ。  着痩せするたちなのか、ほどよく筋肉を纏った体躯には無駄がなく、反してリュシーはどちらかと言えば華奢な部類だった。問診で聞いた寮での一件――同僚に襲われかけた時――のことからしても、このままではいつはね除けられてしまうか分からない。ともすれば、容易くひっくり返されてしまう可能性だって――。  リュシーはひやりとしたものを感じながら、ジークの両手を必死に押さえた。  けれども、ジークはそんな素振りは一切見せなかった。  早くも一度目の液体の効果が表れていたのだろうか。リュシーが急くように二度目の口移しを実行した際にも、そこに抵抗らしい抵抗はなく、どころか、まるで口づけそのものを楽しみたいみたいに、うっとりと目を閉じ、唇を開かれてしまう。 「ん……っ……」  こくん、こくんと、ジークの喉が鳴る。その振動が直接伝わってくる。  刹那、ジークの舌先がリュシーの唇に触れた。 「っ!」  リュシーは弾かれたように顔を離した。その目は怯むように揺れていた。それを認めたくないよう、すぐさま頭を振って振り払う。  腹いせのように、辛うじて掴んだままだったジークの両手を、ぎり、と強く握り締めた。 「……っ」  ジークがかすかに声を漏らす。  それにはっとしたリュシーは、警戒しながらも少しだけ力を緩めた。  それでも解放するには至らず、ジークはベッドに縫い止められたままだった。 「リュシー、さん……?」  ゆっくりと瞬く双眸に、正気の色合いが戻ってくる。思ったよりも効き目は早く出たらしい。

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