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13.ひと月後(2)

 *  *  * 「外に出ていいんですか!」  それからさらに数日が過ぎた頃、ようやく外出許可が出た。  許可と言っても、まずは家の周りまでで、その先はリュシーが同行できるときのみという制限付きだ。  それでもジークはぱっと表情を明るくさせて、「ありがとうございます!」と正面に座るアンリに屈託のない笑みを浮かべて見せた。 「それと、今日から薬を変える」 「あ、はい……!」 「飲む時間は朝だ。忘れるなよ。いまから一度目を飲んでおけ」  そんな浮かれたようなジークに構わず、アンリは淡々と話を進める。  朝食後、リュシーの用意したハーブティを飲みながらアンリが天板に置いたのは、少しだけとろみのある透明な液体の入った小瓶だった。  それをいままで飲んでいたものの代わりに、毎朝ひと匙ずつ飲めと言う。 「……あの、これは……副作用は」 「なにかあれば報告しろ」 「はい」  先に返事をしたのは、後ろに控えていたリュシーだった。  その声にはっとしたように、遅れてジークも「はい」と背筋を伸ばす。  そんな二人の前で、アンリはゆっくりとカップの中身を飲み干した。 「午後からはあれを集めて来い。今日は一日霧だ」 「……わかりました」 「|ジーク《これ》も連れて行け。それも覚えさせろ」 「はい」  素直に頷くリュシーだったが、その様子はどこか面倒くさそうでもあった。  ジークへのそれより少々態度が悪い。けれども、ジークはそれに気付かない。 「あれ、これ、それ、とは……」 「後で説明します」  疑問符を浮かべたジークの視線を受けて、リュシーはにこりと微笑んだ。  どき、と一瞬鼓動が跳ねて、ジークの目端が淡く染まる。  リュシーは恐らく(同性)だ――。思うのに、その可憐な少女のような顔立ちのせいか、時折見とれてしまいそうになる。 「リュシー。お前も忘れるなよ」 「わかってます」  言われてリュシーが思い浮かべたのは、ジークのための鎮静剤だ。  アンリのアトリエに常備されている、不思議な色合いの淫魔用の薬。種類はいくつかあるらしいが、中でも以前使ったのと同じもの。  これからジークと共に外出する時には、一応携帯しておけと前もって指示されていた。  ……淫魔用といいつつ、あの時は直後にリュシー(自分)も眠気に襲われたので、そこが少々気になっていたりもするのだが……。 (……話が見えない)  そんな二人のやりとりを、ジークはきわめて真摯な眼差しで見つめていた。けれども、その内容はほとんど理解できておらず、表情の割りに頭の中は疑問符だらけだった。物理的な整理整頓は得意でも、形のないものを扱うのは苦手なのかもしれない。 「お前は早く薬を飲め」  知らず固まったようになっていると、不意にアンリに水を向けられ、はっとする。  ジークは促されるまま、目の前の小瓶に向き直る。すると図ったように横からリュシーがティースプーンを差し出してきた。 「は、はい……」  スプーンを受け取ったジークは、早速瓶の蓋を開け、こぼさないように注意しながら、それをひと匙口に含んだ。  無色透明な上に、無味無臭――ただ少しだけ粘り気がある。ややしてごくりと嚥下すると、微かに甘い香りが鼻に抜けた。  いままで飲んでいた薬にも副作用はあった。  飲み始めて数日は吐き気のようなものが続いたのだ。実際吐くことはなかったものの、その間、食欲は少し落ちた。  そのことはジーク自身も、そしてリュシーからもきっちり報告はされていた。けれども、数日のうちに落ち着いたこともあり、ひとまずそのまま継続することになったのだ。  今回もそれと同様に、ということなのだろう。 「……何かあれば報告しろ」  5分ほどが経ち、特に目立った変化が見られないのを確認すると、アンリはそのまま席を立った。

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