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15.霧の中で(1)

「……さっきから時々聞こえるあれ……動物の鳴き声かな」  樹の根元で膝を抱えたまま、ジークは心配そうにぽつりと呟く。  きゃんきゃんというか、きゅんきゅんというか……。  はぐれてからしばらくして、どこからかそんな悲鳴のような声が聞こえてくるようになった。何かしていれば気付かない程度の微かな音だけど、こうしてじっと静かにしていると確かに聞こえるような気がするのだ。  ここは深い森の中。自然の摂理と言われればそれまでだが、だとしても、もし捕食者が被食者を弄んでいたりするのなら、どうにか助けてあげたい気もする。  思いながらも、はぐれたら動くなという指示に背けないジークは、ただ手の中の瓶を見つめながら、せめてもとその無事を祈るしかない……。  *  *  それから少しだけうとうとしてしまい、ぽろりと手の中から小瓶がこぼれ落ちた感覚にはっとした。ころころと数十センチ転がったそれを目で追うと、幸いにも草や落ち葉がクッションとなり、容器が割れることも中身がこぼれるようなことにもなっていなかった。 「良かった……」  ジークはほっとしながら、這うようにしてそちらへと手を伸ばす。  そうして今更気がついた。  尻が微妙に湿っている……。すでに数十分、ずっと地面に座り込んでいたため、湿気てしまったらしい。  せめてマントを下に敷いておけば良かった。  若干の後悔を覚えながら、ジークは目の前の小瓶へと意識を戻した。  その視界が、不意に陰った。 「え……?」 「やぁ、あなたは……」  次いで降ってきたのは穏やかで心地いい声。  思わず手を止めた先で、相手が転がっていた小瓶を拾い上げた。  ジークはつられるように顔を上げた。  依然として濃い霧のせいで気付かなかったが、足はちゃんとあるようだ。  そこに立っていたのは、よく見るとどこかで会った覚えのある長身の男だった。  彼は柔らかな眼差しでジークを見下ろし、ゆるやかに波打つ|白金《プラチナブロンド》の髪を掻き上げながら、きわめて優しく微笑んだ。

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