89 / 146
15.霧の中で(3)
(あ、でもそういえば……)
しばし気恥しそうに視線を落としたままだったジークは、けれどもそこではっとする。
あの日――正しくはあの直後のことを更に思い出したからだ。
あの時、ラファエルは間一髪(ギリギリアウトとも言えるが)のところでジークからギルベルトを引き剥がしてくれた。
普通ならそこで感謝して終わるところだが……よく考えたら引き剥がす前にこの男は何かしていなかったか?
(|襲ってきた《あの》人に……キス? してたような……)
しかもその後だって……。
(え……。ラファエルさん、あの後あの人……と……?)
ジークが無事抜け出した後のベッドに、押し倒されていたのは|ギルベルト《暴漢》の方だった。そして|ギルベルトの《押し倒された》方も、まもなくしっかりと反応を見せていたような――。
え……本当に……?
(いや、俺、何考えて……)
妙に記憶が鮮明になり、思考がそちらに引っ張られそうになる。
(どのみち、そんなこと聞けないし……っ)
慌てて全てを振り払うよう、ジークはぶんぶんと頭を振った。
「どうかしましたか?」
「あっ、いえ! すみません!」
必要以上に大きな声が出た。
弾かれたように上げた顔が、気遣わしげな眼差しを受けてぽんと赤くなる。
(こんな親切な方に……俺は何を)
実際には、あれ以上は何もなかったかもしれないし。
部屋を出た後はアンリが気配を消す魔法をかけてしまったので、特に何が聞こえたわけでもない。なので当然確証があるわけではないのだ。
(申し訳ない……)
こんなにも清廉そうな方を前に、不埒な想像をしてしまって。
思わず頭を下げたジークに、ラファエルは小さく瞬くと、
「別に謝る必要はありませんけど……」
と、くすりと笑うような吐息を漏らした。
ともだちにシェアしよう!