91 / 146

15.霧の中で(5)

 そういえば、アンリからの説明にあった〝通常ならひと月後〟はもう過ぎている。  だけど薬は? 薬が効いていれば、発情はしないのでは……。  いや、でもその薬は、今朝から変わっている。  ということは、変更後の薬ではだめだったということなのか?  だとしたら、そもそもなぜアンリは薬を変えたばかりでジークに外出許可を出したのか。  あの《《優秀》》な《《先生》》が、こうなることを予見していなかったとは思えない。  ……わからない。わからないけど、多分これは……覚えのあるこの兆候は――。 「? どうしました?」 「あ、いえ……えっと」  ジークは努めて答えながらも、じわじわと上昇していく体温に気を取られ、先の言葉が出てこない。  そうしているうち、ふわりと甘い香りが漂い始める。 「……大丈夫ですか?」 「は、はい……」  辛うじて頷きはするものの、一方で鼓動はどんどん早くなり、全身の肌という肌が火照っていく。双眸には早くも生理的な涙が滲み、それを隠すように俯くと、ジークは胸元で両手を握り込みながら、再度ふるりと首を振った。 「行って、ください……大丈夫ですので」  下腹部に血が集まってくる。布地の下で、その嵩が増していく。  それだけならまだしも、ジークの身体は既に欲しがり始めていた。  誰でもいい。誰でもいいから、|胎内《なか》に注いでほしい――。  そんなこと考えたくもないのに、腰が勝手に揺らめいてしまいそうになる。 「お願いします……っ。もう、行ってください……!」  ジークから立ち上る香りが強くなる。  けれども、幸いというべきか、ラファエルはそれに気づいていない。  天使という種族がら、淫魔の発情にあてられにくいという特性があるのだ。 「……でも……」  とはいえ、見るからに様子のおかしくなったジークを前に、ラファエルもなかなかその場を去れない。  ラファエルはしばしの逡巡の末、ジークの肩にそっと触れた。

ともだちにシェアしよう!