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15.霧の中で(11)

「風向きが変わると時々な。いまはそんなでもないが」 「そ……」  そうなのか?  だとしたら……それはつまり、|ジーク《あいつ》が発情したってことだよな?   ラファエルほどではないが、リュシーもジークの|フェロモン《匂い》にはあてられにくい。それもあるのだろう、言われてもなお、リュシーにはそれがよくわからなかった。傍にいるならまだしも、この距離ではまったく感知できないようだ。 「そんなの……」  |緊急抑制剤《くすり》は|俺が持っている《ここにしかない》のに――。 「もっと早く言えよ……!」 「えー」  当てつけるように言うと、ロイは心外そうに苦笑する。  それを無視して、リュシーは急くように視線を巡らせた。とにかくバスケットを――その中の薬を持って、ジークのところに行かないと……! 「……っ」  なのに、50センチほど先に見つけたバスケットへと踏み出すだけで、危うくカクンと膝が折れそうになる。 「まぁ、この間ほどじゃねぇから……」  わかっていたようにその腰に手を添えたロイが、気休めのようなことを口にしながら、次には当然のようにリュシーの身体を抱き上げた。  リュシーの視界がぶれて、視線が上向く。ぎょっとしたリュシーは目を瞠り、身を捩った。 「! なっ……歩くくらいできます!」 「急ぐんだろ? この方が早い」  言うなり、ロイはリュシーのバスケットを尻尾で引っかけ、歩き出した。 「っ……」  そう言われると反論できない。  リュシーは心底不服そうな顔をしながらも、ひとまず暴れるのをやめた。

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