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15.霧の中で(12)

(何でこんなことに……)  リュシーは近すぎる距離に目を逸らした。  どことない景色――できるだけ真っ白な霧だけを意識して、極力ロイの方を見ないようにする。  けれども、そんな伏し目がちなリュシーの面持ちを、ロイの方は僅かに笑みを滲ませたままじっと見つめていた。 (青い鳥か……)  それを思わせる青い髪。同色の瞳に長い睫毛。大人しくしていれば可憐な少女と見紛うようなリュシーの本当の姿は、15センチほどしかない青い鳥だ。  だからだろうか。  華奢な方ではあるものの、身長はそこまで低い方ではないのに、その身体は予想よりもずっと軽く感じる。もちろん、体格差や平均より長けているロイの身体能力によるところもあるのだろうが……。 「……唇、傷になっちまったな」 「こんなのすぐに治ります」  いつもは|一文字《いちもんじ》でしかない唇が、心なしかへの字の形に曲げられている。  その表面には、最中にリュシーが強く噛み締めたためについた痕が小さく残っていた。  ロイは僅かに目を細め、ちらりと舌を覗かせた。 「舐めてやろうか」 「悪化するから結構です」  一瞥もせずに即答されて、ロイは僅かに肩を揺らす。 「今更そんな恥ずかしがらなくても……もうあちこち――」 「……は?」  言われて、リュシーは瞬いた。  そういえば俺はどうやって服を……。  束の間とは言え、意識が飛んでいたせいで一部の記憶が抜けている。  ロイが|達《い》ったところまでは覚えているのだ。  種族特性だかなんだか知らないが、その後すぐには解放してもらえなかったことも。  だけど、そこから先が思い出せない。  次に気がついた時には、服もすっかり整えられていて、ロイの膝の上に抱えられていた。子供みたいに。

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