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16.呼ばれたから(4)

 すやすやと平和そうな顔をして眠るジークを見下ろし、アンリはその長い指を口許に当てた。 (リュシーが薬を飲ませたということは……)  自力で飲める程度だったとは言え、少なくとも発情の兆候があったということだろう。 (変えた(今度の)薬はいまいちだったか)  ふむ、とアンリは僅かに目を細め、規則正しい寝息を立てているジークの頬に触れてみた。  ジークはぴくりとも動かない。撫でるように指を動かしてみても、微かに呼気が乱れることもなかった。  なるほど、前回は効き目が中途半端にも思えた抑制剤()だが、少なくとも今回はしっかり効いているようだ。  まぁ、前回(あの時)とは発情の程度――とよけいな邪魔が入ったという状況――が違うということもあるのだろう。特に後者……相手が近い種族(悪魔)だと何かしらの影響が出やすいというのはアンリも知っている。  では、治験薬の方は――。  まず昨日まで飲ませていた薬は、副作用はあるものの発情期を遅らせることはできていた。今朝飲ませた方は副作用はないが、発情は抑えきれない。ただし、緊急薬を自力で飲める程度には和らげることができた……? (……まぁ、当面続けさせてみるか)  この様子(眠り方)からして、すぐに目覚めることはないだろう。そうしてやり過ごせれば、しばらくはまた発情しないはずだ。  ここからひと月以上今朝の薬を継続し、その後の発情のタイミングと度合いで次を考える。  ……それでいい。  せっかくの従順な被験体だ。ある意味治療というのも嘘ではないし、この際好きに試させてもらう。  アンリは平然とジークを見つめたまま、最後にジークの唇の合わせをなぞり、それからくるりと背を向けた。  雑然としたテーブルの上を整理する傍ら、いまだ眠ったままのリュシーを邪魔だとばかりに鳥かごに戻す。  その背後で、意識がないはずのジークが、触れられたばかりの唇を小さく舐めた。

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