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16.呼ばれたから(6)

 中にあったのは、ジークが飲み干した抑制剤の空の小瓶と、採集した蜜がぎりぎりまで入った小瓶が一つだけ。ちなみにリュシーは途中でロイに邪魔されてしまったため、そこまでの量にはできなかった。  ……要するに、そこにリュシーの瓶はない。  既にアンリが何かに使用したという可能性もなくはないけれど、もともとすぐに使う予定はないようだったし、作業台の上にもそれらしき形跡はなかった。  ということは、やはりロイが持ったままなのだ。  嫌な予感が的中してしまった。 (最悪だ、あいつ……)  わざとなのか単に忘れていたのかは分からないが、リュシーにしてみれば結果が全てだ。  途中でジークとはぐれた挙句、発情には何とか対応できたものの、自分は当初の目的そのものを果たせなかったということになる。それも瓶自体をなくすなんて。  このことがばれて何をされるかということもあるけれど、そのために改めて視覚魔法を辿られるのだけはどうしても避けたかった。自分では十分気をつけていたつもりでも、どこから何に気付かれてしまうか分からないからだ。  別に今更リュシー(自分)が誰と何をしようと、それについてアンリ(ご主人)が何かを思うことはない。それは分かっているけれど、そうかと言って何をしていてこういう結果になったのかを知られてしまうのはやはり嫌だった。 「はぁ…………」  リュシーはそっと蓋を閉めると、テーブルの下、それもできるだけ奥へとバスケットを押し込めた。そして月明かりの射し込む窓を振り返り、背中にふわりと青い翼を具現化させる。 「あぁ、もう……っ」  苛立ちもあらわに立ち上がると、次には窓際の机に足をかけ、そのままカーテンの合わせへと手を伸ばす。間もなく開かれた窓の隙間から、リュシーはその細い身体を月の明るい夜空へと舞い上がらせた。

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