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16.呼ばれたから(7)
* * *
アトリエから続く隣の部屋では、ジークが安らかな寝息を立てている。廊下に出て奥に行った先の部屋では、アンリが三角のナイトキャップ――材質は魔法を織り込んだシルク――を被って就寝していた。
リュシーが窓から抜け出して以降、どの部屋もしんと静まり返っている。
今夜は風もほとんどないため、開いている窓にかかっているカーテンさえもほんの微かに揺れているだけだ。
そんな中、ジークは穏やかな夢を見始める。
夢の中で擬似的にでも処理できれば手っ取り早いと、そういった説明を受けたことはあった。あったものの、実際にそれを体験したことがないジークには、いまいちそれが理解できていなかった。
――けれども、それが今なら何となく分かる。
気がつくと、とてもいい匂いがしていた。
優しくて甘い……それでいて酷く官能を擽るような、不思議な香りが漂っている。
かと思うと、まるで誰かに抱き締められたみたいに身体が温かくなり、
「ジーク……」
その耳元に、いつかのように囁くような声が落とされた。
「――はい……」
それにジークは素直に答えた。
待っていたみたいに、嬉しそうに。
* *
ベッドから足を下ろすと、その先においてあったブーツの片方がぱたんと倒れた。
にもかかわらず、ジークは何も聞こえなかったかのようにぺたぺたと裸足のまま歩き出す。
「――……」
袖を通し、前を合わせた部屋着は一本の腰紐で縛ってあるだけだ。すでに着崩れかけていたそれが、一歩一歩進むごとにますます緩んでいく。
けれども、それすら一切気にする素振りもなく、ジークはただ無言でアトリエへと続く扉に手をかける。
その眼差しはどこか茫洋としてつかみどころがない。そのわりにしっかりと開かれており、それどころか笑うように細められていたりもする。薄く隙間を作ったままの唇も誘うように口角が引き上げられていて、明らかに纏う空気が普段のそれとは一変していた。
熱っぽく潤んだ目元は、逆上せたように淡く染まっている。反して動作は淡々としていて、その不均衡な雰囲気がよけいに危うい色香を醸し出していた。
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