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20.束の間の(7)
「アンリ、このお菓子いくつかいただきますね」
続けてラファエルはアンリにそう告げ、手早く掴んだいくつかの焼き菓子をギルベルトの前へと差し出した。
「ギル。これ持って先に帰っててください」
「あ? 何なんだよ、お前が無理矢理連れてきたくせに……」
「あなたを連れてきたかった用事はもう済みましたし、後で他にも買って届けますから」
アンリは目を伏せ、ただ自身のカップを口元に寄せる。そんな二人のことなど見えないみたいに。
「酒も。酒も買ってこいよ。だったら言うことを聞いてやる。今日のところは」
「わかりました」
「ちっ……」
ギルベルトは舌打ちし、それでももう一つだけ、とかごから摘まみ上げた小さめのカップケーキを口に放り込むと、最後に流し込むようにハーブティーを飲み干し、席を立った。
面倒くさそうに辺りを見渡したギルベルトは、つかつかと近くの窓に歩み寄り、そのままそこから外に出る。
またそんなところから……とこぼしつつも、その背を見送ったラファエルが、アンリに「失礼しました」と代わりに告げれば、
「カヤの菓子だからな」
「……わかってます」
けれどもそこに触れる返事はなく、ただ減った菓子の補填を念押しされてしまった。
◇ ◇ ◇
「相変わらずお前の趣味は理解できんな」
リュシーを下がらせ、ラファエルと二人きりになったアンリは、改めて呆れたように息をついた。
「そうですか? 可愛いじゃないですか。素直で分かりやすくて」
「どう見ても単なる阿呆だろう」
ラファエルは「そこがいいんですよ」と苦笑しながら、気を取り直すようにハーブティーに口をつけた。
反してアンリはカップをソーサーに下ろし、ギルベルトが荒らしたカゴの中から、比較的綺麗なままの焼き菓子を一つ手に取ると、それを上品に口に運ぶ。
「……で、本題は何だ」
「あぁ、それなんですけど」
ややして、思い出したように促され、ラファエルは小さく頷いた。
「悪魔が淫魔の匂いに敏感っていうのは本当なんでしょうか?」
カップを下ろし、気持ち背筋を正してから、神妙そうにアンリを見つめる。
アンリは「なんだ」とばかりに一瞥し、他人事のように答えた。
「まぁ、確かに他の種族に比べると嗅ぎつけてくるのは早いようだな」
「そう、なんですか……」
「だがまぁ、覚醒している淫魔自体、|現在《いま》はそういるわけではないからな。そこまで気にするほどのことでもあるまい」
アンリは適当な一般論を口にしながら、カップの残りで喉を潤す。
だがラファエルはそれでは納得がいかないようで、すぐさま「いえ」と首を振り、僅かに身を乗り出した。
「気になりますよ。現にさっきの彼には何度か惹かれているようですし」
「あぁ、ジークか」
「何とかならないんですか? 同じ淫魔だという、アンリには何ともないようなのに……」
珍しく焦燥感をにじませるラファエルに、アンリはあえて平然と言う。
「私は雄の血だからな。もし私のフェロモンに当てられるようなことになれば、あの阿呆自ら股を|開《ひら》」
「ちょっ……ちょっと! 待ってください」
それをラファエルが慌ててそれを阻む。
「……真顔で変なことを言うのはやめてください」
思いの外動揺したラファエルは、ややして咳払いを一つすると、知らず浮かせていた腰を静かに下ろした。
アンリは喉奥で微かに笑い、空にしたカップをテーブルに戻す。
「安心しろ。頼まれてもあの阿呆を抱く気にはならん」
「……それはそれで複雑ですけど」
そのあまりの言いように、ラファエルは気持ち不服そうに呟くものの、
「だがまぁ、ジークの方は何とも言えんな。少なくとも、私の不在時のことまで責任は持てん」
「……そうですか」
「そんなに心配なら首輪でもつけておけばいいだろう」
「そうしたいのは山々なんですけどね……」
そんなふうに言われてしまうと、もはや苦笑するしかない。
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