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あの頃5

まだ9つだった迅が背負ってきたその少年は、身体中に傷を作り、酷くぐったりとしていた。 その子はどうしたのかと周りが尋ねても、迅はただ「拾った」としか答えず、何にしても只事ではないのは皆が理解した。 死にかけの少年は、なんとか一命を取り止め、落ち着いてからは迅が付きっきりで面倒を見るようになった。 しかし、大変なのはそれからだった。 その少年は酷く警戒心が強く、常に身近で接していた迅にはいつも生傷が絶えなかった。 痣や引っ掻き傷を作る迅に、正嗣や清たちがどうしたのかと尋ねると、「飯を食べさせようとしたら蹴られた」とか「服を着せようとしたら引っ掻かれた」など、まるで獣を相手しているかのように告げたものだ。 そして何より骨が折れたのは風呂だ。 広い浴場へ連れて行き体を洗おうとするのだが、毎回命がけの戦いを繰り広げることになる。 それに対して迅は特に不満を零すことはなかったが、唯一気がかりにしていたのは、少年がろくに口をきかないことだった。 少年は獣のように呻いたりすることはあれど、言葉を話したことがないのだ。 それに変化があったのは、迅が少年を拾って丸1年が経った頃だった。 学校に登校するなり、迅は満面の笑みを浮かべて正嗣に言った。 「あの子が、あの子が喋った!」と。 その時の迅は、今にも泣き出すのではないかと思うほどに感情を昂らせ、肌を紅潮させていた。 そんな幼馴染の顔を見て、正嗣は心から「良かった」と安堵を感じた。

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