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存在意義4
一方のハズキは可笑しそうに笑って足をプラプラと揺らす。
「でもマキって、安直な源氏名だね」
「あはは…。どうやら俺には、名前を考える才能がないみたい」
苦笑いを浮かべる真志喜に、ハズキはクスクスと笑っていた。
「真志喜か…。いい名前だね」
「…うん。大切な名前なんだ」
「そっか。……羨ましいな」
「え?」
呟くように言ったハズキの横顔は、ひどく哀しげに見えた。
真志喜が見つめていると、横を向いたハズキと目が合う。
彼はにこりと微笑んで、言葉を続けた。
「僕、小学2年の時に親が離婚してさ。お母さんは僕を置いてどこかへ行っちゃったんだ。それでそのすぐ後に新しいお母さんが来た。今思えばあまりに早い展開だったし、きっとその人とお父さんは浮気してたんだろうね」
静かに語るハズキは、その時を思い出すように遠い目をして、自嘲気味に笑った。
カタリと、カップを置く音が響く。
「すぐに、2人の子供が生まれた。9歳下の弟は、2人の実の息子だ。そうじゃない僕は、彼らに見向きもされなかった」
その長い睫毛を伏せ、瞳に灰色の影がかかる。
うっすらと笑っていた顔を歪ませ、眉を寄せる。
「どれだけテストでいい点をとっても…、徒競走で1位になっても…、偏差値の高い高校に受かっても…、それは変わらなかった」
そこまで話し、ハズキはやっと真志喜を見た。
そして困ったように眉を下げ、笑みを浮かべる。
「それが嫌になって、高校卒業してすぐ家を出た。逃げ出したんだ。あの家族たちから…。必要とされない事実から…」
「……」
「だから、この仕事は楽しいよ。お客さんに喜んでもらえるし、必要としてもらえるから」
その感覚が、実際には正しいのかどうかは真志喜には分からなかった。
価値観や正義感、その他様々な感覚は人それぞれだ。
それは真志喜自身よく理解しているし、わざわざ口出しすることでもないと知っている。
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