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存在意義11
諦めてはいけない。
何を諦めてはいけないのか。その答えは今なら何となく分かるのだ。
あの時、俺に伸ばされた迅の手に身を委ねたのは、母さんの言葉が頭を過ぎったからだった。
腕の中で、小さな嗚咽が聞こえた。
震え出す体をギュッと抱き締めて、真志喜は笑みを浮かべる。
かつて母が、自分にそうしてくれたように。
「ハズキくん。諦めちゃ、だめだよ。どんなに惨めだって、それでも諦めちゃだめだ」
いつか、出会えるといいな。
ハズキくんにとっての大切な人が現れるといい。
それが簡単でないことは分かっている。
それでも、きっといつかは──。
それから待機させていた榎本を呼び、リンさんを送るよう指示した。
そしてチンピラ5人についても知らせ、後を任せる。
「真志喜さんはどうするんですか?」
「俺は少しハズキくんと話がしたいから。お前はとにかくリンさんをお願い」
頷く榎本に背を向けようとすると、リンさんに呼び止められた。
顔を向ければ、彼の切れ長の瞳が真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「お前、もしかしてそっちの人間だったのか?」
「あぁ…、まぁ、そんなとこです。でも安心してください、榎本にはちゃんと送らせますから」
「……そうか。……マキ」
「はい?」
「……今回は、助かった」
顔を赤らめぶっきら棒に言い放ったリンを真志喜は真剣な顔で眺め、次にはその両手を握った。
「これはお詫びにキスがもらえる感じですか?」
「あるかバカ」
「えー…」
結構普通に落ち込んでいると、ポケットにいれた携帯が鳴る。
液晶に映った名前を見て盛大に顔をしかめたが、後が面倒くさそうなので嫌々電話に出た。
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