114 / 208
愛情12
「じ、ん…っ」
「ん、なに?」
伸ばされた手が、俺の眼鏡を取り外した。
レンズ越しでなくなった真志喜が、俺の瞳を見つめてくる。
少し居心地が悪くて目を逸らすと、ギュッと耳朶を引っ張られた。
「い…っ!」
「そらすなばかっ」
「だって真志喜、見過ぎだし…」
「誰に似てるとか、関係ない」
「ぇ?」
「迅は、迅だ。いちいち関係ない」
「……」
無言で真志喜を見下ろせば、真っ直ぐに見つめ返してくる。
その強い視線に酔いが覚めたのかと思ったが、まだ顔は赤いままだ。
あの日。
母親が家を訪れて来たあの日は、今でも鮮明に覚えている。
俺が高校2年生の時だ。
今にも消えてしまうのではないかと思うくらい、生命力を感じない人だった。
黒いワンピースを着たその姿はまるで死神のようで、実の母親にあれほどの嫌悪感が湧くのかと、やらせない気持ちになった。
その日の夜に見た自分の顔が、その目が、あの女に酷く似ていて…
それがあまりにも醜く、情けなく、今すぐ消えてなくなりたくなった。
母の温もりなど感じたことはない。
覚えているのは、鬱病になったあの女がヒステリックに叫び散らしている光景だけ。
俺にとっての母親は、禍々しい存在でしかない。
「おい、迅」
「……」
俺が風呂から上がると、珍しく真志喜が声をかけてきた。
いつもなら喜んでいるところだけれど、その時は真志喜に近づきたくなかった。
こんな自分を、見られたくなかった。
「ごめん真志喜…。俺、ちょっとやることあるから…」
「迅」
「用があるなら、明日聞くよ。今は…」
「迅!」
強く、腕を引かれた。
驚いて振り返れば、真志喜の真っ直ぐな瞳と視線がぶつかる。
言葉の出ない俺を真志喜はジッと見つめていたが、次には俺の腕を握る力を強めた。
「関係ないぞ」
「…ぇ?」
「迅は迅だ。他は関係ない」
ともだちにシェアしよう!