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苦杯8

「せ、清さん、俺…っ」 「大丈夫です」 奥の個室へ入り、襖を締めた清は振り返った。 そこにいた真志喜は不安と戸惑いを隠せない様子で、清はフッと微笑みを浮かべる。 「まるで捨てられた子犬ですね」 「えっ…?」 「そんなにオロオロしなくても大丈夫ですよ、真志喜」 真志喜の元へ歩み寄り、そっと抱き寄せる。 ビクリと肩を震わせた真志喜が息を吸ったのが分かった。 すっかり弱々しくなっている真志喜の背中を摩り、清は静かに告げる。 「もっとみんなを、信用して下さい」 「鏑木グループのトップがヤクザの本邸に来るとは…。目的はなんであれ、今ここでどうこうするつもりはありませんよ」 静かにそう告げる鉄心を、鏑木は無言で見つめる。 僅かな静寂の後、再び鉄心が口を開いた。 「帰って下さい。あなた方と話すことなんて、何もありません」 その言葉に、鏑木はスッと背筋を伸ばす。 そしてどこか挑むような目で鉄心を見据えた。 「本当にそうですか?私が真志喜の実の親であることも知らなかったのでしょう?それ程に真志喜のことを何も知らないでいることが、特に問題ではないと?」 「何も知らない?それは違いますねぇ」 無知であると指摘された鉄心はそう言って口の端を吊り上げた。 挑発するような笑みは一瞬で、次には屈託のない笑みへと変わる。 「真志喜ちゃんのことなら十分知ってますよ。飛びっきり可愛い、じぃじの宝物ですわ」

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