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苦杯9
「……どうやら、承諾してくれる気はないようですね」
やがて口を開いた鏑木は、そう言って小さく息を吐いた。
後ろの男たちに指示を出すと、鉄心たちに背を向ける。
「このままこうしていても不毛そうですので、失礼します。…真志喜を手渡さなかったこと、後悔なさらないように」
まるでその言い方が物を扱うようで、迅は膨れ上がる怒りに鏑木を睨み付けた。
しかし対する相手は何も反応することなく遠ざかって行く。
「…親父、いいんですかい。このまま行かせて」
「こんな勝手な真似、許されませんよッ」
若衆の男2人が腹立たしそうに鉄心へ抗議した。
しかしそれは受け入れられず、彼は小さく首を振る。
「無駄な騒ぎは止めておけ。相手はただのゴロツキじゃねぇんだ。どうせ碌な事にならねぇよ。…まぁ、これからの行動は警戒が必要だがな」
「真志喜に危害を加えるなら、それはもう俺たちの敵だ」
殆ど食い気味にそう言った迅に、周りは視線を向ける。
そしてその静かな怒りを滲ませた瞳に息を呑んだ。
日南迅という男が真志喜絡みで動く時の恐ろしさは皆が知っていた。
良い意味でも悪い意味でも、そこに一切の躊躇がなくなる。
口をつぐむ周りも気にせず、迅は踵を返した。
正嗣が呼び止めようとすると、「真志喜の所に」とだけ返される。
「…ったく。ほんと、真志喜のことになると他はおざなりだな」
正嗣はため息を吐くと、やがてその後を追うべく歩き出す。
「ハァ…。一体、どうなってんだか…」
何かとんでもないことが起きたような気がして、正嗣は痛み出す頭をガシガシとかいた。
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